第14話 友達

「お待たせしました。超特盛り牛丼二つと単品の唐揚げです」


 流石は、早いだけのことはある。

 氷雨とほんの少ししか話していないのに、注文したメニューがもう届いた。


「あら、氷雨ちゃんじゃない」


 普段は並盛りを食べることが多い藍斗がたまに頼む大盛りよりもさらに量が増し増しの超特盛り牛丼に絶句していれば。運んできてくれた店員さんが氷雨に声を掛けた。


「田中さん。こんにちは」

「はい、こんにちは。いつも、ご来店、ありがとうねえ」

「ううん、好きだから」


 氷雨と店員さん――田中さんは随分と親しげに話している。氷雨がここの常連客だから顔見知りになって仲良くなったのだろうか。

 そのわりには話している構図が近所の子と近所のおばさん、みたいに藍斗には見える。


 いきなりおばさんは失礼だった、と心の中で謝罪をしていればこちらを向かれ、田中さんと目が合った。


「今日は彼氏と一緒?」


 彼氏、というあらぬ間違いをされて藍斗は体が熱くなる。氷雨がどう答えるのかちょっと気になり、ドキドキする。


「彼氏じゃない。友達」


 氷雨は事実を淡々と答えた。そこに照れや恥じらいなどは一切見えず、自分だけ意識したことが藍斗は恥ずかしくなる。


「そう。友達です」

「そうなの。ごめんね、おばさん勘違いしちゃって。じゃ、ごゆっくり」


 田中さんは奥へと戻って行った。場をかき乱すだけかき乱してとっとと撤退するのはやめてほしい。

 気まずさを感じながら、藍斗が氷雨を見れば氷雨はうっとりとした目で牛丼を見ていた。まるで、恋する乙女のように。


「早速、食べよう」


 本当に氷雨は食べることが好きなのだろう。

 そんな氷雨を微笑ましく思いながら、藍斗もお箸を持った。


「美味しいけど、量が凄いね」

「そこが、いい。満腹になったら、言ってね」

「そうするけど……氷堂さんのお腹は大丈夫? 壊したりしない?」

「私のお腹はそんなにやわじゃないから安心して」


 ポンポンとお腹を叩いてアピールしてくる氷雨だが引っ込んでいる腹部を見る限り、安心はし難い。残すのも勿体ないし、氷雨が大丈夫なら情けなくリタイアさせてもらうのだが。


「そう言えば、さっきの人とは仲がいいの?」

「田中さん。同じマンションの住人。一人暮らしの私を気にかけてよくお裾分けをくれる」

「だから、あんなに親しげだったんだ」

「うん。この牛丼も田中さんに出してもらえるといつもより美味しく感じる」


 牛肉を口いっぱいに頬張りながら、氷雨は幸せそうに目を細める。


「でも、今日はそれだけじゃない。藍斗が一緒だからとっても美味しい」

「俺も?」

「食事の時間はいつも一人。だけど、今日は藍斗がいる。嬉しいし楽しい。だから、美味しい」


 一人暮らしをしているのだから、食事の時間に氷雨が一人になるのは仕方のないことだろう。バイト終わりに部屋で一人で食べる食事がなんとなく普段よりも美味しくないと藍斗でさえ感じるのだ。普段は家族と一緒だというのに。


「そっか。そう言ってもらえて光栄だよ」

「今日のことは牛丼記念日としてずっと覚えてる」

「じゃあ、来年もまた食べに来る?」

「いいのっ!?」

「えっ、う、うん」


 冗談のつもりで言ったために氷雨が食い付いてきて藍斗は狼狽える。氷雨の表情が明るくなったのを見て、冗談だったとも言えない。


「約束、藍斗」


 氷雨が小指を出してくる。指切りしようということだろう。


「うん、約束」


 高校生にもなって指切りは少々抵抗があったが氷雨と小指を絡ませる。氷雨の指は白くて細く、繊細だった。少しでも力を加えれば折れてしまうのではないかと藍斗は不安になり、もどかしい。くすぐったそうに氷雨は笑みを浮かべていた。


「今から、楽しみ」


 指切りを終えて、食事を再開した氷雨がいつにも増して楽しそうにしている。

 まあ、冗談にする必要もなく、またこうして食べに来ることに何も問題もないので藍斗はスマホにメモしておいた。氷雨との約束を。

 それから、藍斗も自らの牛丼を減らす努力をするが食べても食べても牛肉とご飯の量が減っていかない。


「ごめん、氷堂さん。もうちょっと、ギブかも」


 半分以上を食べたところで限界がきた。

 元々、男子高校生にしてはあまり食べる方じゃない藍斗は自分にしては頑張った方だと称賛する。女の子の氷雨に頼ってしまうのはどうしても情けなくなるが。


「分かった。後は任せて」


 流し込むように自分の分を食べ終えてから、氷雨が牛丼に手を伸ばす。いただきます、と手を合わせてからパクパクと食べ始める。

 既に自分の分を完食しているはずなのに勢いはまったく衰えない。藍斗が残した牛丼がみるみる内に減っていく。


 凄い、と呆気に取られながら藍斗はふと気付いてしまった。藍斗が食べかけていた牛丼を氷雨が食べている。藍斗が口にした箸ですくい、落ちていった米粒や触れていた牛肉をだ。

 ちょっと興奮する、と変態的な考えをしては自分の頬を叩いて律した。氷雨がビクッと肩を震わせて不思議そうに首を傾げる。


「どうしたの?」

「最低な自分を戒めた」

「そんなに自分を責めることはない。藍斗はよく頑張って食べた。お腹の限界だから仕方ない」

「そういうことじゃないんだけどなあ」

「そうなの? 藍斗にも色々あるんだね」


 よく分かっていないであろう氷雨はそれ以上聞いてくることもなく、間もなくして超特盛り牛丼二つ目を綺麗に平らげた。


「ご馳走さまでした」

「凄いね、ほんとに」

「私にかかれば余裕」


 得意気に鼻息を出した氷雨に藍斗は拍手を贈る。

 胃袋の大きさが藍斗と違っているのだろう。体格の差はあまりなくても、体内の差は大きいようだ。


「氷堂さん。ご馳走さまでした」

「どういたしまして」

「それじゃあ、帰ろうか」


 店を出て、駅に向かう。


「ごめん、藍斗。家に来てほしいところだけど、帰ったら寝そうだから」


 満腹になって睡魔が襲ってきたのだろう。小さく口を開けて、氷雨があくびを漏らした。


「氷堂さんは悪くないから謝らないで」


 そもそも、氷雨の家に行く予定などなかった。誘われていたとしても藍斗はあまり行く気にはなれなかった。どうしても緊張すると思うからだ。今も、氷雨の中で満腹ではなかったらこのまま寄る流れになっていたと知って驚いている。


「また今度、遊びに来て。お菓子、用意しておく」

「わ、分かった」

「それじゃあね。バイバイ」


 マンションに向かって歩いてく氷雨を見送り、藍斗はホームに向かった。

 今度こそ、氷雨に誘われたら遊びに行こう。

 電車を待ちながら、藍斗は頑張ろうと決意した。

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