第11話 体操着かして

「どう、ここの作画。綺麗過ぎじゃない?」

「やっばいな。こんなのもう劇場版並みじゃん」

「でしょ。この戦闘シーンとかもう綺麗過ぎて逆に何が起こってるのか分からないくらいだよね!」


 昼休みになり、コンビニで買っておいたおにぎりを素早く完食した藍斗は太一に勧められたアニメをスマホで見ていた。

 見ているのはツインテールのヒロインがライバルキャラと手に汗握る戦闘を繰り広げているシーンでこっちまで熱くなってくる。


「この水で出来たドラゴンも迫力ありすぎ」

「だよねだよね。生身で受けてみたいよね」

「いや、息が出来なくなるからそれはいい」

「ノリ! このノリで急に冷めたこと言わないで!」

「いや、事実だし。それよりも、俺はこのツインテールにビンタされたい」

「えー、それこそ嫌だよ。ほんと、ツインテール好きだね、藍斗くん」

「ツインテールのキャラってツンデレが多いから。ギャップ萌えは最高だ」

「藍斗はツンデレが好きなの?」

「ツンデレじゃなくて正しくはギャップ萌えが……って、氷堂さん?」


 急に太一以外の声が聞こえ、驚きながら振り向けば氷雨がいてより驚いた。


「こんにちは」

「こ、こんにちは」


 片手を上げてきた氷雨に同じように返す。


「藍斗はこういう女の子が好きなの?」


 小首を傾げながら聞いてきた氷雨に藍斗は苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。

 これで、答えたくないことを察してほしい。

 そう表現したつもりだったが、氷雨がじーっと興味深そうに視線を送ってくるのをやめないので無意味だったと悟った。


「え、いや……嫌いかな」


 自分の性格が真逆だから気の強い女の子に憧れを抱いたり、普段は好きな子の前でもツンツンしているくせに時たま凄く照れたり恥ずかしがったりする姿が魅力的で好き。

 ではあるが、そういう自分の性癖みたいなものを女の子である氷雨に晒すのは嫌で嘘をつく。


「嘘だよ、氷堂さん。藍斗くんはね、ツインテールで黒髪でツンデレであんたのことなんか大嫌いなんだらね、って言いつつ一途に好いてくれる女の子がだーい好きだから」

「藍斗のタイプはややこしい」

「いや、憧れるってだけでタイプとかじゃないよ」

「じゃあ、こういう女の子は嫌い?」


 アニメのキャラを指差してくる氷雨に藍斗は小声で答えた。


「……好きです」

「へえー」


 流れるアニメを見ようとして氷雨がスマホに顔を近付ける。

 そのせいで氷雨との距離が凄く近くなった。

 じーっと画面を食い入るように見る氷雨の横顔を藍斗は盗み見る。頬が真っ白でまつ毛が長い。二次元という作ろうと思えばどこまでも可愛く描けるキャラに負けず劣らずの整った容姿だ。

 あまりジロジロ見るのも失礼だと思い、藍斗は前を向いて太一を睨んだ。


「わっ。怖いよ、藍斗くん。なんで睨むの?」

「自分の胸に手を当てて考えてくれ」

「分からないや」


 本当に自分の胸に手を当てて考えた太一は首を傾げた。藍斗が隠した性癖みたいなものをペラペラと氷雨に教えたからだということに気付かないらしい。

 男同士だけで。女同士だけで。

 この世にはどうしても同性相手にしか話せない内容や同性相手だからこそ楽しく話せる内容がある。二次元を好き同士、好みの女の子の話しをしようと太一に誘われて教えたのが間違いだった。氷雨に言われるのなら教えなければよかった。別に氷雨に知られて困るようなものではないのだが。

 藍斗がため息をついたところで氷雨が画面から顔を上げる。


「ところで、あなた誰?」


 ここにきて、太一の存在が気になったらしい。

 ミステリアスな氷堂さん、という呼び名が広がるほどのちょっとした有名人である氷雨を太一は知っているが氷雨からすれば太一は初めて見る男の子。

 さっきからずっといて今更な気もしないが仕方がないことだろう。


「あっ、えっと……や、やまもと……たいち、です……藍斗くんの友達、です」


 急によそよそしくなって太一が答えた。

 頬が赤くなっていて、目線は慌ただしく泳いでいる。

 太一は女の子に目を見られると物凄く照れる。そうでなければ普通に会話が出来るのだが目を見られた途端に借りてきた猫のように大人しくなるのだ。

 まさに今、氷雨を前にしてなっているように。


「私と同じ。私も藍斗の友達だから、仲良くしよう」

「あっ、はい……とりあえず、あっち向いてもらっていいですか?」


 握手を求めるように差し出した氷雨の手を無視して太一があっち――藍斗の方を向くようにお願いする。


「酷い」


 せっかくの厚意をないがしろにされた氷雨が悲しそうにこちらを向きながら呟き、藍斗はついつい頭を撫でて慰めたくなった。そんなこと軽々しく出来ないので実行には至らないが。


「太一は女の子に目を見られるのが苦手なんだ。見なかったら大丈夫だよ」

「よろしくね、氷堂さん。藍斗くんの友達同士、仲良くしよう」

「ほらね。ややこしくて難解な奴なんだ」

「不憫」


 どストレートの感想を口にする氷雨に藍斗は苦笑した。

 それから、ふと考える。友達か――と。

 氷雨とは仲良くさせてもらっているし、友達になれたらなと思っていたが、既になっているとは思いもよらなかった。

 女の子の友達なんてこれまでの人生でろくにいなかったから、嬉しい。氷雨にそう呼ばれたことがめちゃくちゃ嬉しい。


「ところで、氷堂さんは何か用事があってこの教室に来たの?」

「そうだった。すっかり忘れてた。藍斗、体操服の長袖持ってる?」

「持ってるよ」

「じゃあ、貸してほしい。持ってくるのすっかり忘れた。このままだと、数十分後には外に出て凍え死んでしまう」


 今の氷雨は半袖と長ズボンという、上半身だけが寒そうな格好をしている。細くて雪のような白い肌も露出していて凍え死ぬは大袈裟でも風邪くらいは引きそうだ。


「それは、大変だ。貸すよ。貸すのは前提として、午前中に俺も着ちゃってるんだけど問題ない? 汗もかいたし、臭うかも」

「問題ない。たとえ、鼻がねじ曲がるほど臭っても借りてる立場で文句は言わない」

「いや、流石にそんなに臭ってたら教えて? 対策しないとダメだから」


 長袖を取り出して氷雨に渡す。

 氷雨が袖を通し、もぞもぞと体を動かしながら首を出した。袖の長さはちょうどくらいでサイズもピッタリのようだ。


「藍斗と身長差変わらなくてよかった」


 男子の平均的な身長しかない藍斗とさほど変わらない氷雨は女子からすれば大きい方なのだろうが身体的な話題はデリケートなので黙っておく。


「はあ〜あったかい。藍斗は命の恩人」


 頬を赤らめながら幸せそうに氷雨が口にした。

 友達を助けることが出来て、満足気味な藍斗だったが氷雨が袖口を鼻に近付けて一気に緊張感が走った。

 くんくんと臭いを嗅いだ氷雨が親指を立ててくる。


「大丈夫。臭くない。むしろ、洗剤のいい匂いがする」

「それを聞けて安心したけど、本人の目の前で嗅ぐのはやめてね。変に身構えるから」

「分かった。じゃあ、私は戦場に行ってくる」

「あ、もうそんな時間。頑張って」


 気が付けば昼休みが終わるまで後少しとなっていた。

 あまり体育が乗り気ではないのか、いつもより足取りが重たいような氷雨を見送っていれば。


「氷堂さんってやっぱりちょっと変わってるね」

「けど、面白い子じゃん」

「藍斗くんとのやり取りを見てる分には面白かったけどね。ワードセンスとか行動が独特でミステリアスな氷堂さんって呼ばれる理由が分かったよ」

「小動物味があるよな」

「僕から見れば藍斗くんに懐いてる大型犬に見えたよ。身長的にも」


 確かに、身長的には氷雨は小さくない。

 けれど、美味しいものを無心で口いっぱいに頬張ったり、嬉しくなるとぴょんぴょん飛び跳ねたりする姿は年相応よりも幼く、小動物感がするのだ。藍斗にとっては。



「はい、藍斗。体操服、ありがとう。助かった」

「どういたしまして」


 図書室で氷雨から返された体操服を受け取ると氷雨がじっと見てきた。

 不思議に思いながら藍斗は聞き返す。


「どうかした?」

「臭わないの?」


 小首を傾げながら口にした氷雨に藍斗は思わず咳き込みそうになる。


「逆にどうして臭うの?」

「臭いを気にしてたから、気にしないでいいように確認するかなって」

「帰ったら洗濯するから確認しないよ」

「洗濯……藍斗は洗って返した方が嬉しい? それとも、そのままの方が喜ぶ?」

「一人だと洗濯する量が増えると大変だろうからこのままでいいよ」

「分かった。私の脱ぎたてホカホカを味わいたいんだね」

「あれ、どうして変態みたいな扱いになってるんだろう。気を遣っただけなのに」

「私は些細なことを気にしないから安心して」

「そのグッドポーズやめようか」


 やっぱり、氷雨は変わってる、と藍斗は親指を立ててどういう訳か嬉しそうにしている氷雨を見て思った。

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