第10話 問題児
委員長から言われて、嫌だなあと藍斗は思った。
「誰、この人? 藍斗くんの知り合い?」
「委員長だ。氷堂さんのクラスの」
「どういう関係?」
「どういう関係でもない」
太一が不思議そうに委員長を眺めている。
そんな太一を委員長は気にもせずに視線を向けてくる。
「話ってここじゃ出来ない内容なの?」
「人前では話しづらい。氷堂さんの話だから」
「それは、仕方がないな」
概ね予想はしていた。委員長とはなんの接点もないのにわざわざ教室を訪れて来るなんて氷雨が関わっているに違いないと。
藍斗は席を立って、教室を出ていく委員長に付いて行く。
少し歩いて人気のない校舎の隅に到着した。
漫画だとこれからいじめられる展開が待ち受けている、と藍斗は想像しては身構える。
しかし、委員長は柔らかい笑みを浮かべていて、そんな気配が微塵も感じられなかった。藍斗も警戒を解いた。
「まずは昨日のことを謝らせてほしい」
綺麗なお辞儀をする委員長に藍斗は戸惑う。
「いや、いいよ。怒ったりしてないし」
「それを聞けて安心したよ」
心の底から安堵するように息を吐く委員長を見て藍斗は本気だということを悟った。
「で、氷堂さんの話ってのは昨日のことが関わってる?」
「ああ。君からも氷堂さんに言ってほしいんだ。僕と勉強するように」
「なんで、俺が」
「僕が思うに氷堂さんは君に懐いている。そんな君から言われたら聞き入れてくれるかもしれないからだ」
「そんなことはないと思うけど」
「いや、氷堂さんが誰かと親しくしているのを僕は一年間を通して昨日初めて見た」
そうなのか。そうなんだろうか。
クラスで氷雨がどう過ごしているのかを藍斗は知らない。もし、委員長の言う通りだとすればそれは嬉しいことだ。頬が熱くなるのを感じる。
「そもそも、委員長はどうしてそんなに氷堂さんと勉強がしたいの?」
「彼女の成績が非常にまずい状況だから」
「氷堂さんの成績ってそんなにまずいの? 赤点ギリギリって本人は言ってたけど、赤点ではないんだろ?」
「確かに、詳しい点数を把握している訳じゃないけどいつも赤点は回避しているよ。でも、今回もそうとは限らない。それに、氷堂さんは内申点が物凄く悪いんだ」
「あんな人畜無害そうな女の子が?」
小動物のような愛くるしさややや天然っぽいところから癒やし系のような、どちらかと言うと庇護欲を唆られるような気持ちに氷雨を見ていればなる。
そんな氷雨だが、藍斗が知らないところでは悪さをしまくっているのだろうか。
目を閉じて想像してみても消しカスで作った練り消しを近辺のクラスメイトにデコピンで飛ばしている姿しか浮かんでこない。得意気な笑みで「クリティカルヒット」とか言ってる。
「いいや、氷堂さんは危険な女の子だよ」
委員長の言葉に藍斗は息を飲み込んだ。
「なんせ、彼女は早弁をするからね」
真剣な顔で言ったわりにはしょうもなくて藍斗は拍子抜けする。
「なんだ、その程度か……というか、別に早弁なら誰にも迷惑掛けてないだろ。そりゃ、内申点は下がるだろうけど」
「君は知らないから言えるんだ。三角おにぎりを開封した時の海苔のバリバリ音がどれだけ授業の妨げになるかを。コンビニチキンの香りにどれだけ食欲が唆られて授業に集中出来なくなるかを」
「思ってた以上にヤバかった」
昨日の内に、氷雨が授業中に飲食をしていることは把握していた。けど、食べているのはグミとかアメとかそういう小さくて周りに気付かれない物を口に入れているんだと想像していた。
けど、現実はおにぎりとコンビニチキン。
「隠す気ないでしょ、氷堂さん」
「最初は誰もが驚いた。え、なんで堂々と食べてるんだって。先生ですら、呆気に取られていたよ」
「うわーすっげー想像出来る」
「やがて、正気に戻った先生が聞いたんだ。早弁の理由を。そしたら、氷堂さんはお腹が空いたからと答えた。悪びれる様子もなく」
「強いなあ。メンタル激強だよ、氷堂さん」
「先生も怒る気力にすらならなかったのか注意だけに留まってね。それから、氷堂さんは味をしめたように早弁を頻繁にするようになったんだ」
「なんか、大変だな……そっちのクラス」
「分かってくれるかい?」
委員長は深いため息を吐いた。
心なしか同い年のはずなのにちょっと年老いているように見える。相当、氷雨には頭を抱えているようだ。
「他の生徒も怒られないと思って早弁を始めてね」
「もう授業崩壊起こしてるじゃん」
「柔道部の男子だったんだけど、彼はこっぴどく叱られて反省分を書かされていたよ」
「哀れすぎる」
「先生が不平等はいけないと思うし、そもそも早弁をすることがダメだから氷堂さんにやめさせようと逐一報告していれば氷堂さんには敵意を向けられるしで本当に困っているよ」
「委員長も大変だな」
「でも、僕は委員長だからね。どれだけ嫌われようとみんながクラスで過ごしやすいようにしたいし、みんなで進級したいんだ。氷堂さんも含めて。だから、少しでも高い点数を取ってもらって先生も落とすようなことを出来ないようにしないといけないんだ」
「なるほど。その為に委員長は氷堂さんを勉強に誘ってたんだ」
思ったよりも真面目な理由で藍斗は感心した。
「その通りだ。学年一位の成績を誇る僕なら氷堂さんの進級率をより上げることが出来る。だから、協力してほしい」
必死に頼んでくる委員長に藍斗は揺らぐ。
赤点ギリギリだけだと思っていたがここにきて新しい問題が増えた。いくら、怒られていないとはいっても授業の妨害をしている氷雨は委員長の言う通り内申点が物凄く悪いだろう。
赤点回避だけなら、藍斗がこのまま教えていてもどうにかなるかもしれない。
ただ、内申点をカバー出来るほどの高得点を氷雨が取れるようになるまで勉強を叩き込めるかは自信がない。
「……うん。委員長の言う通りだ。俺よりも委員長が教えてあげた方が氷堂さんのためになる」
「分かってくれたかい?」
「俺も自分の実力っていうか点数は数字を見てよく理解してるからな。教え方だって俺よりも委員長の方が上手いだろうし……でも、協力はやっぱり出来ない」
「なっ……どうしてだい? 君だって氷堂さんが進級出来なかったら嫌だろう?」
「嫌だなあ」
四月のクラス替えで氷雨の名前だけがどこにもない、というのは見たくない。
でも、それよりも氷雨を裏切りたくない気持ちの方が強かった。
氷雨は言ってくれたのだ。
藍斗といるのは楽しいと。
その言葉が藍斗は嬉しかった。嬉しかったから、そう言ってくれた氷雨を裏切るような真似はしたくない。
「でも、たとえ、氷堂さんが進級出来なかったとしても俺の氷堂さんに対する態度は変わらないから」
「そうか……」
「まあ、そんなことにならないように俺も全力で教えるの頑張るけど」
「分かったよ。時間を取らせて申し訳なかった」
考えは変わらないことを伝えれば、委員長は認めるように頷いた。微妙に不満そうにもしていたが。
用が済めば、委員長とこれ以上話すことはない。
次の授業まで時間も少ないし、藍斗は教室に戻ろうとする。
「あ、そうだ。勉強で分かんないところあれば聞きに行ってもいい?」
「僕が答えられる範囲でなら」
「学年一位が何を仰いますか」
放課後になり、今日も氷雨と勉強しようということになっているため藍斗は図書室へ向かう。
今日は氷雨の方が先に来ていた。
一人でも先に始めていたようで氷雨はプリントを解いている。
「お待たせ、氷堂さん」
「待ってた。早速、助けてほしい」
「どこが分からないの?」
「ここ」
「ここはね」
藍斗が教えた通りのやり方を試しながら氷雨がペンを走らせる。
その様を横から見ながら、藍斗は思った。
ちょっと天然っぽいところがあって、ミステリアスで、何を考えているのかあまり分からないけれど悪い子ではない。
そんな氷雨が早弁常習犯で授業崩壊を起こしている張本人だとは。
「……やっぱ、人は見た目によらないな」
「何か言った?」
「ううん。勉強、頑張ろうね。マジで」
「うん。藍斗と一緒なら頑張れる」
顔を見ながら言ってきた氷雨に藍斗は委員長の言葉を思い出した。
氷雨が懐いてくれている。
本当かもしれない、と考えてしまい頬が熱くなった。
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