第9話 一緒に怒られてくれる人が好き

「なっ……どうしてだい?」


 断られると思っていなかったのか、委員長は目を大きくして衝撃を受けている。


「嫌なものは嫌。私は藍斗に教えてもらう」


 頑なに首を横に振る氷雨に委員長の足が段々とフラフラし始めた。掛けているメガネもズレてきているしダメージを負っているようだ。

 そんな委員長に指を向けられて、藍斗は身構えた。


「そ、そこの彼は僕より勉強が出来るのかい?」

「どう、藍斗? 委員長に勝てる?」

「学年一位を相手に無茶言うんじゃないよ……」


 毎回、学年一位の成績を納めている相手にどう勝負したって勝てる自信がない藍斗が答えると委員長は得意気に胸を張った。


「ほら、彼もそう言ってるんだ。氷堂さんは僕と勉強した方がいいに決まってる」

「委員長しつこい」

「し、しつこい……?」

「しつこい。迷惑」


 容赦のない氷雨に委員長は泣きそうになる。


「き、君。君からも何か言ってくれ」


 もう一度、委員長から藍斗は指を向けられた。その指が震えているのを見ながら、考える。


 藍斗も氷雨の成績を考えれば委員長に賛成だ。自分から氷雨に委員長に教えてもらった方がいい、という助言もしたっていい。

 けれども、氷雨が嫌がっているならわざわざそんなことをするつもりは起こらなかった。


「氷堂さんが嫌がってるし引き返した方が身のためだと思う」

「藍斗の言う通り。私が怒る前に委員長は帰った方がいい。身の安全を保証出来ない」


 口角を上げて、不気味な笑みを見せる氷雨に藍斗は体を抱きながら「うううっ」とわざとらしい声を出した。

 その反応が気に入ったのか氷雨が親指を立ててくる。


「藍斗の悲鳴、面白い。百点」

「ありがとう」

「僕を無視するんじゃない!」


 机に手を叩きつけた委員長に氷雨が驚いて肩を跳ねさせた。大きな音に藍斗もびっくりし過ぎて悲鳴も出なかった。

 しかし、怒鳴られる筋合いもないのに怒鳴られて黙っている訳にもいかず、藍斗は言い返そうとするが。


「そこの君。図書室ではお静かに」


 図書室の先生が先に来た。

 至極真っ当な理由で叱られる委員長は肩身が狭くなってきたのか頭を垂れる。気付いていなかったが周囲からの注目もかなり浴びていた。委員長が騒がしくて迷惑を掛けていたのだろう。


「す、すみませんでした」


 とぼとぼと肩を落として委員長は図書室を出ていった。先生は腰に手を当てて「まったく」と呆れていた。


「あなた達も静かにね」

「はい」


 どちらかといえば、被害者のようなものだが先生に叱られては素直に頷いておくしかなく藍斗は言い訳をしないでおく。氷雨もコクリと小さく首を縦に振った。

 ぶつぶつと文句を言いながら戻って行く先生を見送り、藍斗は言った。


「続き、する?」

「する」


 邪魔が入り、意欲が削がれたかと思いきや氷雨は集中して問題を解いている。


「藍斗。ここが難しい」

「ここは……えーっと、確かこうやってこうすれば答えが出てくるはずで」


 氷雨から助けを求められた問題の解き方は藍斗もうろ覚えで上手に説明出来ない。説明通りに解いた氷雨の答えを確認すると正解していた。

 どうにか教えることが出来て藍斗はホッとする。


「あのさ、氷堂さん。俺と一緒に勉強することで本当によかったの?」

「藍斗は嫌? 教えるの面倒?」

「そんなことないよ。でも、俺も完璧じゃないからさっきの委員長に教えてもらった方が氷堂さんのためになったんじゃないかなって」

「委員長うるさくて苦手だから嫌」

「確かに、うるさかったね」

「教室でもそう。私が授業中に何か食べてたら逐一先生に報告する」

「それは、委員長が正しい」

「委員長のせいで私は何度注意を受けたか分からない」

「一回注意を受けたらやめよう?」


 もし、藍斗が授業中に飲食をしているクラスメイトを発見しても衝撃で報告なんて出来ない。

 けれど、委員長は委員長として、役目を果たしたんだと思えば、氷雨に敵意を向けられている委員長が可哀想に思えてきた。


「私はチクられるより、一緒に危険を犯して、怒られてくれる人の方が好き」

「一緒に授業中に何か食べて、怒られるようってこと?」

「うん」

「そんな人、いるかなあ」

「委員長と勉強しても私はガミガミ言われるだけ。それは、楽しくない。でも、藍斗といるのは楽しいから私は藍斗に教えてもらいたい。ダメ?」


 ほんの少し、不安そうに氷雨が首を傾げる。

 すぐに藍斗は首を横に振った。


「そんなはずないよ……!」


 嬉しいことを言ってもらえて、藍斗は感動のあまり涙が出そうになる。

 そんな風に言われて断れるはずがない。

 むしろ、氷雨の期待に応えられるようになろうと藍斗はやる気がむくむくと出てくる。


「一緒に頑張ろう!」

「うぃ」


 両手で拳を作り、氷雨は意気込んで気合を入れた。



 翌日、机に教科書とノートを広げ、藍斗は授業の復習をしていた。より詳しくなれば、より氷雨に分かりやすく教えることが出来る。

 それに、自分の勉強にだって繋がる。

 こんなにいいこと尽くしのことはない。


「藍斗くん。ゲームしよ〜」

「見てくれ、俺を。勉強中だ」


 フラフラと寄ってきた太一に甘い声で誘われるが今は付き合っている暇がない。


「藍斗くんは僕より勉強を優先するんだ……酷い」

「酷くはないだろ。太一も勉強……しなくても、大丈夫だったな」

「うん。一夜漬けでどうにかなるからね」

「よく言うよ。俺より遥かにいいくせに」


 藍斗も短期記憶が得意だが、太一には負ける。前日に徹夜してテスト範囲の内容を覚えてくる太一には藍斗がどれだけ事前に勉強した科目でも点数で勝てたことがないのだ。


「僕の肌に合ってるんだよね」

「毎回、死んだような顔をしてるけどな」

「徹夜だからね。眠たいのよ」


 一度だけ、太一を見習って藍斗も徹夜して勉強しようとしたがテストの最中、眠たすぎて覚えた内容が出てこずに逆に点数が下がったくらいだった。

 あれから、一度も一夜漬けを試していないが徹夜は体にくることをよく理解した。


「まさか、今から勉強してるのは一年最後のテストで僕を負かそうとしているため?」

「いや、氷堂さんに教えるためだ」

「へー氷堂さんに……ん、氷堂さんに教えるため? どういうこと? 藍斗くん、氷堂さんと勉強してるの?」

「昨日から」

「僕の知らないところで藍斗くんが氷堂さんと仲を深めてるなんて……僕は嬉しいよ」

「なんで、太一が嬉しいんだ」

「友達に初めて彼女が出来るかもしれないから」

「別に、氷堂さんとはそういう下心があって勉強してるんじゃないから喜ぶだけ無駄だぞ」

「よかったねえ……おめでとう」

「聞いてないな、人の話」


 ぐすり、と泣き真似を始めた太一に藍斗は呆れてため息を吐いた。

 氷雨と遊んだり、勉強したりするのは楽しい。

 しかし、氷雨と付き合ったり、とかそういうのはあまり想像出来ないし、よく分からない。


 そんなことよりも今は勉強の方が大事、と太一のことを無視してペンを走らせようとした。


「見付けたよ」


 ポンと肩に手を置かれて、藍斗は振り返る。

 視線の先にいたのは氷雨のクラスの委員長だ。


「君に話がある。ちょっと付き合ってくれないか」

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