第12話 待ってた

 三日に渡るテスト期間が終わり、晴れて自由の身になった。

 藍斗はテストから開放された喜びに腕を伸ばしてこれまでの疲れを取り払う。周りには同じような人もいて似たり寄ったりだった。


「テストお疲れ様〜……」

「お疲れ。フラフラだな」

「寝てないからね〜……」


 眠たそうに大きなあくびを漏らす太一の足は覚束なく、目の下にはクマらしきものがある。

 得意の一夜漬けをしてきた証拠だ。


「でも、今回もテストはばっちりだよ。藍斗くんはどうだった?」

「俺も問題ない。むしろ、これまでより自信があるくらいだ」


 氷雨に勉強を教えることは自分の復習にもなり、今回のテストはどの強化も以前よりも出来がよかったのが藍斗は嬉しい。


「返却日が楽しみだね〜……じゃあ、僕は帰って寝るよ。おやすみ」

「おう。ゆっくり休めよ」


 テストが終わっても明日は明日で授業がある。休みは明日が終わってからやってくるのだ。

 ようやくテストから解放されたのだから少しはゆっくりしたい藍斗は先生も予定の調整くらいしてくれてもいいのに、と文句を言いたくなるが言ったところで無駄なことは分かっている。

 余計なことを考えるよりも早く家に帰って休みたい、と覚束ない足取りで帰っていく太一を見送り、藍斗も帰宅の準備を進めた。


 手を動かしながら、氷雨のことが脳裏に浮かぶ。

 テストが始まってからは、行きも帰りも駅や電車で氷雨を見かけることがなく、学校でも廊下ですれ違うことすらなかった。

 氷雨はテストを無事に乗り越えることが出来ただろうか。教えた身としては結果はまだであっても、氷雨がどれくらい自信があるのか知っておきたい。


 教室を出ると藍斗は氷雨のクラスに向かった。

 会えたらテストどうだったかを聞きながら一緒に帰ればいいし会えなければそれまでだ。今日は諦めて明日にでもまた会いに行けばいい。

 氷雨の席は後方ドアに一番近い場所。覗き込んだ先に氷雨の姿はなかった。


 少し残念に思いながら藍斗も帰ろうとして教室に残っていた委員長と目が合った。


「やあ。テストお疲れ様」

「お疲れ。氷堂さんってもう帰った?」

「氷堂さんなら、さっき荷物をまとめて出て行ったよ」

「そっか。入れ違いか」

「用でもあったのかい?」

「一応、教えた側だから氷堂さんに自信でも聞こうかと思って」

「なるほどね」

「まあ、でも、帰ったんならしょうがない。俺も帰るよ」


 委員長に別れを告げて、藍斗は階段を降りる。靴を履き替えて、いざ帰ろうとすれば。

 校舎の入り口で背中を壁に預ける氷雨がいた。

 誰かを待っているような気がするがちょうどよかった。会えたのだから、気になっていることを聞いてみようとして近付こうとすれば氷雨がこちらを向いた。その瞬間、氷雨の顔が明るいものになる。


「あっ。藍斗!」


 パタパタと小走りで寄ってくる氷雨が普段よりも活発なようなに思える。


「どうしたの?」

「テスト出来たって報告をしたかった」


 姿を見かけたからわざわざ報告しに来てくれたようだ。


「私は天才だったのかもしれない……!」

「まだ返却されてないのに凄い自信だね」


 顎にL字型にした手を添えながら、驚いたように氷雨が口にした。それほどまでに自信があるということだろう。

 それを聞けて、藍斗も一安心した。


「藍斗が教えてくれた問題もあったし、今回のテストは解いてて楽しかった」

「それを聞けて俺も嬉しいよ。結果が楽しみだね」

「うん」


 興奮しているのか氷雨の頬が赤らんでいる。勉強すればするほど、問題がすんなり解けて、それが楽しくなってくる。藍斗も経験したことがあるので氷雨の気持ちがよく分かった。


「一緒に帰ろう、藍斗。牛丼食べて帰ろう」

「誰か待ってたんじゃないの?」

「待ってたよ。藍斗を」

「俺を?」

「うん。テスト中は会えなかったから出来たよって今日言いたくて」

「そっか」


 そのためだけに氷雨が待っていてくれたことに藍斗は言葉にすることが難しい気持ちになる。嬉しいだとか喜ばしいだとか。色々と言えることも出来るがとにかく胸の中が暖かかった。


「何か用事ある?」

「ううん、何もないよ。だから、牛丼食べて帰ろうか」

「うん、行こう」


 家に帰っても昼ごはんを食べて明日に備えて仮眠を取ったり、テスト中に溜まった録画してあるアニメを見たり、ベッドで横になりながらゲームをしたり、本を読んだりするだけ。

 優先するべきはいつでも出来ることよりも今日しか出来ないことだ。そうでなくても、氷雨が待っていてくれたのだから一緒に帰るべきだろう。何も用事がないのだから、友達優先だ。


「藍斗を待ってる間、藍斗の友達を見かけた」

「太一のこと?」

「うん。死にそうな顔で歩いてた」

「徹夜で勉強してるからね、太一」

「それは、凄い。一睡もしてなかったら問題読んでるだけで寝そう」

「一回だけ真似したことがあるけど、きっついよ」


 その当時のことを思い出しながら、藍斗が顔をしかめてみせると氷雨がクスリと笑った。大袈裟にやり過ぎたが氷雨が笑ってくれると満更でもない。


「それにしても、徹夜して頭に叩き込まないとピンチなほど追い込まれてるなんて山本は授業をもっと真面目に受けた方がいい」


 どちらかと言えば、太一はかなり真面目な方だ。先生に指名されても問題は難なく解いているし、いつもノートも綺麗にまとめてある。

 早弁常習犯の氷雨にだけは太一も言われたくないだろう。だが、いつか淡々と氷雨から言われた時の太一の反応が楽しみで藍斗は真実を教えなかった。

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