第2話 再会

「藍斗くん。金曜日の合コン、どうだった?」


 月曜日の朝。

 藍斗が教室に着くなり友達である山本太一やまもとたいちに声を掛けられた。太一は頬を赤くして、軽く興奮している。藍斗が合コンでどんな出会いを果たしたのか気になってしょうがないのだろう。


「普通に楽しかった」

「わあ、そうなんだ」


 答えれば太一は自分のことのように喜んだ。


「それでそれで、連絡先は何人の女の子と交換したの?」

「してない」

「えっ……」

「誰ともしてない」


 氷雨にだけ連絡先を聞いたが氷雨は教えてくれなかった。歌うことを目的に参加していたから女子の連絡先が欲しかった訳ではない。だが、合コンという本来である出会いを目的としていることを見れば成果なしの藍斗は負け組だろう。


「そっかあ……」


 太一は今度は肩を落として落ち込んだ。喜んだり落ち込んだりと色々と忙しい少年である。


「まあ、藍斗くんはあんまり出会いとか興味ないもんね……勿体ないような気もするけど」

「それは、自覚してる」

「へえ。あの藍斗くんが珍しい」

「そうか?」

「そうだよ。藍斗くんって来る者拒まず、去る者追わずでしょ。そんな藍斗くんが勿体ないって思うなんてよっぽど素敵な女の子がいたんだね」


 目をキラキラと輝かせる太一の言葉に藍斗の脳裏に氷雨の姿が浮かんだ。と言うか、氷雨以外の女子もいたが名前どころか顔さえも出てこなかった。


「どんな女の子がいたの?」

「氷堂さん」

「氷堂さん!? 氷堂さんってあのミステリアスな氷堂さん?」

「あのミステリアスな氷堂さんだ」


 藍斗の頷きに太一は意外そうな顔をする。

 その反応は金曜日、合コンに参加していた男子全員が浮かべていたものと同じ。やはり、氷雨が合コンに参加するような女の子とは誰も想像出来ないのだろう。

 待ち合わせ場所に現れた氷雨を見て藍斗も驚いたことを思い出す。


「氷堂さんと仲良くなったの?」

「仲良くなってはない、と思う。はみ出し者同士で一緒に過ごしてはいたけど」

「氷堂さんがはみ出すことなんてあるの?」

「一言も話そうとしてなかったから浮いてた」

「なんで参加してるの?」

「氷堂さんには氷堂さんなりの目的があったんだ」


 太一のごもっともな疑念に藍斗は答えを濁した。

 自分だけが知っている、期間限定メニューであるバレンタインパフェを食すという氷雨の目的を教える必要はないと判断したからだ。


「それで、浮いている氷堂さんに優しくして一緒に過ごしてたんだね」

「まあ、そんなところだ」


 合コンで氷雨と過ごした時間を説明するのは難しく、これも答えを濁せば太一はニヤニヤと唇を緩める。


「なんだかんだで藍斗くんも面食いだね〜」


 どうやら、太一は氷雨が可愛いから藍斗が優しくしたと思っているらしい。

 確かに、氷雨の容姿は可愛らしい。

 それは、藍斗も理解している。

 が、別にそれを重視してはいない。どちらかと言うと、夢中になって料理を食べている姿の方が愛くるしい小動物のようで藍斗の記憶に根付いている。


「いいと思うよ。僕なんて、毎クール推しキャラが変わるからね!」

「そういう感情が芽生えた訳じゃないけどな」


 氷雨にもう一度連絡先を聞かなかったことを多少は後悔したがそれはせっかく参加した合コンで成果を得られなかったからだ。記念品、と称すのは申し訳ないがどうせなら何かしらの成果が欲しかった。


「それに、もう関わることもないだろうし」


 今朝、電車の中から氷雨の姿がないかと探したりもしたがいなかった。たとえ、氷雨がいたとしてもいるな、と思っただけで声を掛けたりするつもりはなかったのだが。

 これまで、学校帰りに氷雨の姿を見掛けることはあっても登校中にわざわざ探したりはしたことがなかった。

 なのに、今朝は違ったのは氷雨と知り合ったからだろう。

 休みの間に見たアニメの話をし始めた太一をよそに藍斗はそんなことを考えていた。



 放課後になり、電車に乗るために駅に着いた藍斗は電車を待っている間に辺りを見回した。氷雨の姿を探して。

 同じ制服の人は大勢いるがその中に氷雨の姿はなかった。

 もし、氷雨を見つけたからといって特に用事はないのだがなんとなくで気にしてしまう。


 けれど、いないのに幾ら探したって時間の無駄になるだけ。藍斗はスマホを取り出し、電車が来るまでの時間を潰す。

 すると、クイクイと後ろから服を引っ張られた。

 振り返れば藍斗が探していた氷雨がいた。


「鳩が豆鉄砲喰らったみたいにしてどうしたの?」

「びっくりして……氷堂さんこそどうしたの?」

「藍斗様を見掛けたから声を掛けようと思って」

「それだけ?」

「うん」


 こくりと頷いた氷雨に藍斗はより驚いた。

 本当に声を掛けようとしただけなのだろう。隣に並んできた氷雨が特に話してくることはなく、藍斗はなんだかソワソワとしてしまう。


「そう言えば、合コンの時のこと何も言われなかった?」

「どういうこと?」

「結果的に見れば氷堂さんは俺と行動したことになるから何か言われてたら悪いなって」

「何も言われてない。たぶん、私が藍斗様と行動したことを誰も気付いてないと思う」

「そっか。それなら、安心」

「藍斗様こそ、あの金額はなんだって怒られなかった?」


 部屋代に加え、氷雨が注文した数々の料理の代金を合わせると五千円ほどになり、男子連中は余計な料金を払うことになったのだが。


「何も言われてないよ。たぶん、合コンが楽しくて満足してるんだと思う」

「そう。それなら安心」


 ほっと氷雨は安堵の息を吐いた。

 この細い体のどこにそれだけ入るのかと疑問になるほど氷雨はあれも食べたいこれも食べたいと注文し遠慮がなかったと気にしていたのかもしれない。

 しかし、それも藍斗の言葉で解決したのか氷雨は「あのパフェ美味しかった」とすっかり気分を入れ替えている。


「ところでなんだけどさ、さっきからの藍斗様ってなに?」

「自分の名前忘れたの? 藍斗様、可哀想」

「そんな、本気で哀れむような目を向けなくても。そうじゃなくて、なんか余計な一言が付いてる」

「藍斗はパフェだけじゃなくて、私が食べたい料理を好きなだけ食べさせてくれた神様だから藍斗様」

「前にも言ったけど、大袈裟だから」

「気に入らなかった?」

「そういう問題じゃなくて」

「じゃあ、これからは藍斗神って呼ぶ」


 本気なのか冗談なのか氷雨の眉一つ動かさない態度からは判断がつかない。


「普通に藍斗でいいよ」

「尊敬の念は込めてる」

「それでも、氷堂さんに藍斗様だの藍斗神だの呼ばせてたら周りから怪しまれそうだから。ほら、見た目普通の高校生なのに様はないでしょ?」

「分かった。藍斗って呼ぶ」


 親指を立てて氷雨は任せろのポーズを取った。

 どうにも藍斗は不安でならないがこうして氷雨とまた話せたことが嬉しかった。

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