土雷くん、合コンに参加してみた~余っていた女の子に優しくしてみたらめちゃくちゃ好かれた件~

ときたま@黒聖女様3巻まで発売中

第1話 合コンでパフェを奢った

 二月十四日のバレンタインデー。

 この日、土雷藍斗どらいあいとはカラオケルームにいた。一室には藍斗の他に男子が三人、女子が四人の合計八人が存在している。

 どうしてこのような集まりが行われているかといえば、簡単なことである。バレンタインデーにチョコを貰えなかった男子が諦めきれず、全額出すことを条件に彼氏がいない女子を誘って遊びに来ているからである。

 欲をいえば、チョコを――いや、彼女を。

 と、男子は下心満載で出会いを目的としている。

 つまるところ、合コン中だった。


 高校生であるためからドリンクバーのジュースで乾杯をして、適当に頼んだ料理をつまみながら会話を楽しむ。

 今は各々の自己紹介を終えて、ちょうど男女二人ずつで分かれて盛り上がってきたところだ。


「なあ、誰も歌わないのか?」

「今はそんな空気じゃないだろ。空気読め」


 隣に座る男子に小声で聞けば睨まれた。

 せっかく、カラオケに来ているのに誰も歌わないらしい。


(好きなだけ歌っていいから付き合え、って誘われたんだけどな)


 藍斗はチョコこそ誰にも貰っていないが合コンに興味がある訳じゃなかった。それを、人数合わせのために誘われ、歌うことを目的に参加している。

 ただ、ここでアニソンを流して会話を中断させるのは場の空気が悪くなるだけだろう。


 しょうがない、と諦めて藍斗はスマホを手に取る。

 せっかくの合コンなのだ。一人くらい、女子と連絡先を交換してから帰らなければ参加した意味すらない。

 藍斗は隣に座る少女に声を掛けた。


「あのー、連絡先教えてもらってもいいですか?」

「嫌」

「あ、はい。ごめんなさい」


 勇気を出して声を掛けたものの一言で断られた。

 どうしても連絡先が欲しかった訳ではないが流石にショックを受ける。泣きそうだ。飲み物を口にして、渇いた喉を潤せば落ち着いた。

 それから、周囲を眺めた。

 楽しそうな会話に明るい笑い声。誰もこっちを気にする素振りもない。

 ここに自分の居場所はないと気付き、藍斗は音を立てないようにして部屋を出た。

 そのまま受付まで行って、もう一部屋個室をレンタルした。


 狭い部屋だが一人には問題ない広さ。

 そこで、マイクを片手にお気に入りのアニソンやアイドルソングを次々と歌っていく。合間に料理の注文もして。

 一人だと待ち時間もなく、好きなだけ歌い続けることが出来て、点数が高くなるに連れて藍斗のテンションも上がっていく。

 ノリノリになったところでドアがノックされた。

 頼んだ料理が届いたのだろうと思って「はーい」と返事する。

 ゆっくりドアが開けられ、入ってきたのは――。


「いた」


 先ほど、藍斗が連絡先を聞いて断った少女だった。

 てっきり、料理が運ばれてきたのだと思っていた藍斗は少女が何も言わずに藍斗の隣に荷物と共に腰を降ろしたことに混乱する。


「えっと、何か用事?」

「なかなか戻って来ないから探してた。けど、どこにもいないからお店の人に聞いた。そしたら、部屋借りていった、って言うから教えてもらった」


 要約するに急に部屋を出ていったままの藍斗が気になったのだろう。少女は無表情のまま淡々としているが心配してくれたのかもしれない。


「あのまま部屋にいたらいつまでも歌えないと思って一人で楽しんでた。探してくれてありがとう」

「別に。お礼を言われることじゃないから」


 そこで、会話は終了した。

 藍斗は口数が多い方ではなく、少女もまた黙ったままテレビの画面をじっと見ていて、無言の時間が続く。

 少女を眺めながら藍斗は噂が事実だと悟った。


 ずっと前から、藍斗は少女のことを知っている。

 氷のように透き通る蒼い瞳に紫紺の長髪。肌は雪のように白く、あまり笑ったところを見せないミステリアスな女の子。だけど、めちゃくちゃ可愛い。

 と、そんな風に入学当初から噂され、藍斗も学校で何度も見掛けたことがある。名前は氷堂氷雨ひょうどうひさめ

 藍斗と氷雨には接点がない。

 なのに、まるで、ここにいるのが当然とでも言うように居座る氷雨が何を考えているのか藍斗にはさっぱり分からなかった。


「歌わないの?」

「あ、歌います」


 氷雨からマイクを渡され、藍斗は三曲ほど続けて歌う。

 その間、氷雨は無表情のままだった。もちろん、手拍子などもない。声変わりした声を無理に高くして全力でアイドルソングを歌う藍斗に引いているのかもしれない。


「氷堂さんも歌う?」

「いい」


 普段から、よく無感情だと言われる藍斗だがちゃんと楽しいことや辛いことがある。それを、表現するのが下手なだけで。

 まさしく、今も辛い最中だった。

 全力で歌っているだけなのに、引かれていたら悲しいと氷雨にもマイクを差し出せばまた断られ。だからといって、氷雨に立ち去る気配はなく、ここに居座られる。

 色々とキツい状況に藍斗は襲われた。


「氷堂さんは戻らないのか?」

「戻らない。この集まりに興味があって参加した訳じゃないから」

「やっぱり、そうなんだ」

「やっぱりって?」

「ああ、いや。気を悪くしたならごめん。なんとなく氷堂さんはこういうのに興味がないんだと思ってたから」


 男子は彼女が欲しい、と下心丸出しだったが案外女子も乗り気で男女ペアになって話そう、と言い出したのは女子の方からだった。

 けど、氷雨だけは違った。自己紹介を終えてから一言も話さそうとしなかった。

 そんな姿を見ていれば何か事情があって参加してるんじゃないかと藍斗は考えていたのだ。


「まあ、でも、最初に氷堂さんを見掛けた時は驚いたけど。てっきり、氷堂さんの容姿だともう恋人がいてもおかしくなかったから。何回も告白されては断ってるって有名だったし」

「そういう相手はいない。私はまだ恋愛に興味がないから告白も断ってるだけ」

「なるほど。やっぱ、人は見た目で判断しちゃダメだな。ちなみに、俺も興味ないけど参加してる勢ね。歌うことを目的に来てる」

「私の連絡先を聞いておいて?」

「あれは、郷に入っては郷に従えってやつで」

「そう。私に興味はなかったと」

「いや、そういう訳ではないんだけど……うん、そう聞こえてもしょうがないな」


 たまたま藍斗の隣に座っていたのが氷雨だったから氷雨に聞いてみただけだというのは言わない方がよさそうだ。言ったところで氷雨にどう思われようとどうでもいいが、わざわざ気分を悪くさせる必要もない。

 ただ、氷雨にじっと見られ藍斗は言い訳に困る。

 誰かに助けてほしいと願っていれば再びドアが叩かれた。返事をする間もなくドアが開けられ、注文していた期間限定メニューであるバレンタインパフェが届けられた。

 瞬く間に出ていった店員にもう少しいてほしかったと縋る思いを抱いていればあることに気付いた。


 よく見れば、氷雨の目がパフェに釘付けになっている。透き通る瞳には光が宿っていて輝いていた。藍斗への興味をなくして、意識が完全にパフェの方へと向いたらしい。


「よかったら食べる?」

「いいのっ!?」

「いいよ」

「ありがとう!」


 これまでにないほどの大きな声で食い付いてきた氷雨に驚きつつ、親指を立てながら藍斗は頷いた。

 スプーンを片手に氷雨は早速パフェを口に運ぶ。小さな口に生クリームがついたチョコ色のスポンジやチョコソースがかかった苺などが次々と消えていく。


「私はこのパフェが食べたくてここに来た。でも、みんな会話に夢中で注文する雰囲気でもなかったから困ってたの」

「そうなんだ」

「諦めてたけどこうして食べられてる。あなたはいい人。神」

「大袈裟な」


 手を合わせて拝んでくる氷雨に藍斗は苦笑する。

 お気に召したかなど聞かなくても分かる。氷雨の声が弾んでいるし、チョコソースが端についた口角を上げているから。

 どうやら、氷雨は花より団子系の女子らしい。


「もう一つ注文するか」


 あまりにも氷雨が美味しそうに食べるので藍斗も食べたくなって呟けば氷雨が叱られたみたいに体を震わせた。


「……食べかけだけど、どうぞ。これは、もともとあなたが注文していたものだから」


 悔やみながらパフェが入った容器を差し出してくる氷雨には目もくれずに藍斗は注文を済ませる。


「これは、氷堂さんにあげた分だし全部食べなよ」

「……でも、この値段なかなかなものだし」


 氷雨の言う通り、期間限定ということもあってパフェの値段はなかなかなものだ。千円はゆうに超えていて、二つも注文するのは高校生の財布には手痛い。

 そのことを氷雨は気にしているのだろう。


「今日の集まりって女の子には一円も出させないってのが条件でさ、俺も人数合わせで呼ばれたから金はいいって言われてるんだ。だから、氷堂さんが気にする必要ないよ。なんなら、他にも食べたいのとかあれば注文しようか?」

「そんな夢の話があるの?」

「まあ、合コンなんだし甘えておけばいいと思う。アイツらも女の子と話せて満足してるだろうし」

「それじゃあ――」


 それから、藍斗は氷雨が食べたいと言った料理を幾つか注文した。ピザにポテトに唐揚げに。どれも量が多いから二人で分けて、最初から決めてあった七時解散の少し前に元の部屋に戻った。


「そろそろ帰るけど、伝票、ここに置いて行っていいか?」

「分かった分かった」


 一応、声は掛けたが会話に夢中で相手にされなかった。帰る用意を済ませ、部屋を出ると氷雨が満足気な顔で待っていた。腹が膨れて気分がいいのだろう。


「先に帰っててよかった……ってのは違うか。合コンだし。どっかまで送るよ」

「そんな必要はないけど、お店を出るまでは一緒。それより、お金のこと本当に大丈夫?」


 どうやら、氷雨は藍斗のことを待っていた訳ではないらしい。無銭飲食が心配で残っていた、という方が正しく、財布を確認しながら「そんなに潤ってない」と不安そうに呟いている。


「大丈夫大丈夫。何か言われたら説明するから」


 今時はセルフレジが多く、藍斗がいるカラオケもそうだった。氷雨と一緒に出ていこうとしても誰にも何も言われず、あっさりと店を出れた。

 外は街明かりで輝いているものの空はすっかり暗くなっている。


「確か、氷堂さんも電車通学だよね」

「そうだけど、なんで知ってるの?」

「俺もそうだから。何回か見掛けてたし」

「そう。もしかして、私のことを狙ってるんじゃないかと思った。あなたは神だけど、私は食べ物に釣られるほど安い女じゃない」


 淡々と言い切る氷雨だが、藍斗の脳裏には咀嚼しながら頬を緩めていた氷雨が浮かび、小さく吹き出した。


「どうして笑う?」

「説得力ないなあと思って」

「むぅ」


 拗ねたように氷雨が頬を膨らませた。


「えーっと、申し訳ないです。親しくもないのに馴れ馴れしくて」

「反省が感じられない」

「そう言われてもなあ」


 藍斗は反省しているのだが氷雨には伝わらない。

 どうしようかと悩んでいれば氷雨がクスリと笑った。


「ふふ。冗談。怒ってない」


 冗談なんて言いそうにない氷雨にからかわれて藍斗は呆然とした。

 そんな藍斗を気に掛けることもなく、氷雨はてくてくと駅に向かって歩き出す。藍斗は慌てて氷雨を追い掛けた。


 同じ電車に乗って、座れるスペースがなかったので二人でドアの近くに立つ。

 電車に揺られながら藍斗は氷雨と他愛のない話を交わした。話題は今日の合コンについてだ。


「へえ。じゃあ、氷堂さんも人数合わせで呼ばれたんだ」

「そう。それで、場所を聞いたらこの前、SNSで見つけたあのパフェがある場所だって分かったから参加した」

「食べたかったならわざわざ合コンに参加しなくても食べに行けばよかったんじゃない?」

「パフェ食べるだけに別料金払うのは勿体なくて足が向かなかった。カラオケ興味ないし」


 確かに、氷雨が言うように歌うことに興味がないのにパフェ料金以外に部屋代金も払うのは勿体なくてなかなか行く気にはならないだろう。


「だから、こういう機会がないと行く決心がつかなかったし誘われて嬉しかった」

「そっか。よかったね」

「うん」


 むふー、と鼻息を出した氷雨に藍斗は苦笑した。

 まだパフェの余韻に浸っているのだろう。ニヤニヤしている。


「あ、私はここだから」

「うん。気を付けてね」


 氷雨を家まで送るような間柄ではないので藍斗は手を振って氷雨を見送る。氷雨は振り返ることもなく、人並みに紛れていった。


 今日は特別だ。合コンという共通のイベントがあり、そこで、たまたま氷雨と一緒になったからたくさん話した。

 けど、明日からはそうでない。

 今日みたいに話すこともなく、クラスが違う同級生として関わることもないまま過ごしていく。


(そう考えればもう一回くらい連絡先を聞いておいてもよかっ――いや、また断られるだけか)


 ミステリアスな女の子、と氷雨は言われているが藍斗はあまりそうは感じなかった。確かに、何を考えているのか不明なこともあったが氷雨には氷雨なりの考えがあり、知れば納得出来る――食べることが大好きな女の子だ。

 そんな氷雨と話している時が藍斗は楽しかった。


「勿体ないことしたなあ」


 誰にも聞かれないように小さな声で呟く。

 呆気ない別れをしたことを少しだけ後悔した。

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