第50話

 月日は過ぎ去り、十二月。冬がもうめっきりと大手を振っている。薄い雪が降ったり降らなかったり、積もったり積もらなかったりする。往来の人々は、マフラーで隠しながら、りんごのような肌をちらつかせている季節である。

 秋子はそのころ、ようやく雪子と連絡がついた。連絡がついたといっても内容は勝手で、飯島の誕生日パーティーの招待だった。秋子は夏樹を誘い、ふたりでアパートに向かった。

 アパートは、壁にペンキでいくつか花が描かれて、ぎょっとする外観だった。描かれている花はシダ植物のように曲がりくねった茎をしており、それがいくつも交差して、その先で黄色やピンクやら目に煩い色を咲かせている。花弁はチューリップのようにも、薔薇のようにも見え、つまりどういう花か判然しない。壁は白いが、綺麗ではなく、端のほうは煤けていて、それゆえに土くれのまざった雪のような不快感があった。ふたりがアパートの前で立ち尽くしていると、そのうちの一室が開いて、何ともいえない怒号とともに女が一人飛び出した。

「けっこうな場所だね」と夏樹はいった。

「ええ、でも考えてたよりマシだわ」秋子の声はまだ明るい。

「これよりひどいことを想像してたの」

「想像なんかしてないわ。ただひどいものだろうと何度も唱えたら、意外と何事も平気なものよ」

 雪子らの部屋は一棟四室のうち、二階の奥の部屋だった。インターホンを鳴らしたが、反応はなく、ノックをしてそれはおなじだった。

「鍵が開いてるわ」と秋子がいった。

「他人が勝手に入るのは悪いよ」

「わたしは家族よ」

 秋子は夏樹を冷ややかに一瞥して、ドアノブを回した。

 部屋にいたのは雪子一人だった。雪子は、居間の真ん中で、灰色のアパートや、煙草屋や、雪の降らない雲をぼんやりと眺めている。背筋をピンと張り、そこに貫かれた針金が枝のように分かれ、後ろ髪をも不動にさせていた。秋子は声をかけ、そしてようやく雪子は振り向いた。

 雪子の顔を見て、秋子は悲鳴をあげたくなった。姉の顔は化粧を塗りたくられている。その化粧というのが、もはや日本人形の白粉の度合いで、色的に目と眉と唇が、さっき見た白壁にくっついているようである。雪子は微笑んだ。その微笑みの軋んだ音を秋子は聴いた。

「ごめんなさいね、ここ、インターホンが壊れているの」

「ええ、それは……こちらこそ、すみません、無理に入っちゃって……あの、雪子さんもお変わりなく……」

「お変わりなく? 変わりはしたでしょう、こんな化粧よ」

「自覚しているの?」

「ええ。もちろん」

「じゃあどうして」

「私は女優なのよ。フユは悲劇を望んでいる、だから私が演じて、悲劇にどっぷりと浸かってもらうの」

 雪子は毅然としている。

「そのなことをしてどうするの?」

「死ぬのよ、ふたりして」

「ああ……やっぱり……」

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