第2話

 この時の私としては、あくまで冗談めかして言っただけ。少しでも、依頼人に落ち着いてもらいたい。ホッとしてほしいという想いから、言っただけである。もちろん、神様がいないと言いたいわけではなく――いや、むしろ神様はいるのだが、それはさておき。


 私は調査を開始する。


 少女の依頼は、行方不明になった兄を探してほしいというもの。先ほどは、謎の女性が少女の兄なのではないかと言ったが、正しいかわからない。可能性としては限りなく低いだろう。


 なので、地道に調査することにした。私は警察ってわけじゃないが、現場百遍ってやつだ。


 そうやって聞き込みしていくとちょっとずつ、少女の兄の足取りがわかってくる。


 サークル活動を終えた彼は、街へと飛び出していき、居酒屋を行ったり来たりしていたそう。ある居酒屋の店主に写真を見せたら、そのようなことを教えてくれた。また、別の店では、一人で飲んでいたと思われる女性に絡んでいたとかなんとか。それが午後七時とか八時とかで、その時には泥酔していたのだろう。


 そして、頬にモミジをつくった男は、千鳥足で街へと繰り出していった。私が調べられたのはそこまでだった。……想像がつかないわけでもない。酒の勢いに任せて、ナンパでもしてたんじゃないか。そこで何かがあった。そう考えるのが自然だ。


 事件なのか事故なのか。それを調べるのは、警察が向いている。私なんかは聞き込みするしかないが、彼らは防犯カメラの記録を見ることができるし、何より動員できる人数が違う。この情報を知り合いの刑事にでも渡して、捜査してもらうことにしよう。


 私は空を見上げる。気が付けば夜になっていた。この辺りは飲み屋街で、店からこぼれる煙交じりの光であったり、誘蛾灯のようにサラリーマンを引き付ける看板だったりで、実に騒々しい。行きかう人々の足取りも、どこか浮ついているように見える。


 と、正面から、女性が二人話しながらやってくる。上司と部下という感じのお二人さんは、進行方向上にいる私という存在に全く気が付いていない様子。私は道を譲ってあげることにする。彼女たちは、私の前を通り過ぎていく。一人が手を振ったが、私は何も返さない。


 背を向けて、事務所にでも帰ろうとした――その時であった。


 女性の悲鳴が上がる。背後を振り返ると、先ほどの女性二人が、男に絡まれているようだ。脳裏をよぎったのは、依頼人の兄の顔だが、違った。ただ、軽薄そうでいかにも遊んでます、という風貌をしている。少なくとも硬派な人間ではない。


 そんな男に声をかけられ困っていたところに腕を掴まれた、といったところなのかもしれない。私はため息をつく。困っている人間を助けたいという気持ちと、こりゃあ面倒なことに巻き込まれるぞ、という二つの感情の間に挟まれる。


 騒々しい飲み屋街に、男の怒号が響く。女性が発した恐怖は、周囲へと伝播しようとしていた。これは一刻の猶予もないかもしれない。


 私は一歩近づこうとした。


 びゅう。


 強い風が吹いたのは、その時だった。


 歩道を転がるピンク色のチラシを巻き上げ、スカートを翻し、髪をはためかせる一陣の風。爽やかさや柔らかさとは無縁のそれが吹きつけてきた瞬間、神風だと思ったのはどうしてか。


 風と共に、男が路地へと転がされていくのを見てしまったからか。


 風と思っていたものが、実は女の子だったこととか。


 ほかの人たちも同じものを見たのではないかと思って、周囲の人間を見ても、ただただ驚いているばかりで、そもそも何が起きたのかさえ理解していないみたいだった。


 あっという間の出来事で、そんな反応をされてしまうと、私が見たものさえも、白昼夢か何かだったかのように感じられてくる。


 女性二人は、無事のようだった。


 私は、路地の方へと向かうことにした。深い闇の中へと、風によって転がされていった彼は大丈夫だろうか。


 何となくだが、大丈夫ではない気がする。

 

 はたして、その予想は的中した。

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