自称神様の少女に付きまとわれることになった件について

藤原くう

第1話

「わ、わたしはかみさまなんです」


 女の子の一言目は、そんな感じだった。


「わたしは百合が好きなんです」


 二言目がこれ。じゃあ三つめは、百合でもつくったのか、って思ったけども、女の子が口にしたのはそんなことじゃなかった。


「だから、百合を汚す男たちを女にしてるんです」


 女の子の瞳には、爛々としたものが輝いている。



 さかのぼること、三時間前。


 私はとある依頼を受けることになった。


 依頼者の少女を応接室へと案内し、緑茶を淹れてから、私も応接室へ。テーブルにコップを並べ、ぎゅっと握りこぶしをつくって座っている少女の向かいに、私は座る。


「あ、自己紹介遅れました。私は佐々木ウミと申します」


 胸ポケットから名刺を取り出し、テーブルの上へ。ここはうちの探偵事務所だから、私の名前はおそらく知っているだろう。それでも、名乗るようにしている。何か困ったことが起きたらしい依頼人の、ささくれだった心を少しでも落ち着かせるためだ。


 テーブルの名刺に目を向けた少女は、そこに書かれている私の肩書を読み上げる。


「探偵……なんですよね」


「ええ。探偵です」


「じゃ、じゃあ私のおにいちゃんを探してください!」


「人探しですか。それなりの費用をいただくことになりますよ」


「わ、わかりました。何年かかってでも必ず返しますから、お願いします」


「冗談です。そこまでの覚悟がおありでしたら、依頼料はいりません」


「ほ、ほんとですかっ」


 私は頷く。少女は、中学生といったところ。そんな子供からお金を取るというのは、いかがなものか。社会の厳しさを知るのは、まだ先でもいいんじゃないか、と思うのだ。


 それに何より、少女に涙は似合わない。


 ……なんてこと考えてるから、いつだって素寒貧なのかもしれない。


 それはさておき、私は少女から話を聞くことにした。


 少女の兄が行方不明になったのは、一週間前のことらしい。どこか遠くへ行くといった予定はなく、いつも通り大学の講義へと顔を出し、夕方ごろまでサークル活動に勤しんでいたそうだ。だが、その後の足取りはわかっていない。


 警察に相談した方がいいのではないか、と提案すると、捜索届はすでに出しているらしい。それでも心配だから、私にもお鉢が回ってきたということか。


「何か、変わったこととかはありませんでしたか。例えば、不審な人物が家のあたりをうろついていたとか、怪しげな薬を見つけたとか」


「薬はわかりませんけど、怪しい女の人なら、うちに来たことがあります」


「ほう。それは一体?」


「なんか、頭のおかしな人っていうか。すごい美人さんなんですよ? それこそ、探偵さんくらい」


「そう言っていただけると、お世辞でも嬉しいな」


「お世辞だなんてそんな――」


「それよりも」話が脱線しそうだったので、元に戻す。「その不審な女性について教えてください」


「あ、えっと。その人が言うには、自分がおにいちゃんだって」


「間違いなくそう言ったんですか」


「何度も聞き返したんですけど、本気でそう思ってるらしくて……。頭がおかしいとしか思えないじゃないですか。おにいちゃんは男の人なのに」


 ちょっと失礼、と前置きして、私は立ち上がる。応接室から出て隣に、私の書斎がある。書斎といっても、机と本棚があるばかりの部屋。その中の棚の一つの前に立ち、ファイルを一つ取り出す。この中には、新聞の切り抜きとか、依頼とかをまとめてある。スクラップブックで伝わるかはわからないが、あれだ。


 ちょうど半年前のものをぱらぱらめくっていると、あった。とある女性が男性だと訴えていた精神病患者が病院を抜け出したことでちょっとした騒動になった。


 なんとなく、無関係だとは思えなかった。


 人助けのつもりで依頼を受けたが、こうなってくると、がぜん興味が湧いてくる。


 ファイルを戻して、応接室へと戻る。不安そうな少女の視線がやってきたので、私はひらひらと手を振る。


「似たような事件があるね。もしかしたら、その女性は君のお兄ちゃんその人、という可能性もあるかもしれない」


「そんなことがありえるんですか?」


「ふつうはあり得ないね。性転換手術を受けたという可能性はあるが、一週間で手術完了して戻ってくる、なんてことができるとは考えにくいし。何か不可思議な力が働いたとか」


「不可思議な力って……」


「神さまだったりしてね」

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