第8話「お嬢様のライバル」

「金城 冴雅さん、貴方に勝負を申し込ませていただきますわ!」


   春野 緋美華と風見ひよりが通う亜神高校の昼休みに、屋上へ冴雅を呼び出し、手袋を投げたのは両目を前髪で隠したロングのピンク髪少女・魅美であった。


冴雅と同じく良家の御令嬢ゆえに、魅美は彼女を常にライバル視している。


「魅美さん、よろしいでしょう...では明日の百メートル走を楽しみにしていますわ」


   冴雅は魅美の真剣な顔を見据えて不敵に笑う、かなりカッコいい雰囲気を醸し出している。


さっきまで緋美華と百メートル走に向けて特訓して、グラウンドで体育座りでバテている風見ひよりを眺めていた、危なげな人物と認識されそうなのを誤魔化す為だが。





 

  そして次の日、体育の授業...百メートル走の時間がやってきた。


「行きますわよ…本気で!!」

「あなたの誰が相手でも手を抜かない姿勢は嫌いじゃなくてよ!」


  他の生徒も数人並ぶなかで、冴雅と魅美は二人だけの空間を作ってバチバチと火花を散らす。


「じゃあどうぞ〜あ〜帰りたいなあもう」


  一応は体操服にまでは着替えつつ、見るからにやる気の無い羽砂美がストップウォッチを押す。


勝負開始の合図だ!まず冴雅が強く砂を踏み込んで、その後バネのように反動で猛ダッシュを披露する!


「フッー、ついてこられるかしら...?」

「ぎゃふっ」


   スピードを緩めるどころか加速しながら、冴雅が振り向くと、魅美の顔面にツバメが激突していた!!


「前髪あげなさいよ!」

「...無念ですわ、あ、貴方は私の分まで走りなさいっ!」

     

   魅美は冴雅にそう言い遺すと、その場に大の字で倒れてしまった。邪魔である。


「っ...受け取りましたわ、あなたの強い想い、無駄にしません!」


   ライバルから想いのバトンを受け取った冴雅のスピードはさらなる加速を見せる。


そしてあっという間にゴールして見せたのだがーーー!?


「わーい!緋美華ちゃんが一位だよ〜!!」

「あ...新記録!?」


  他社を圧倒する早さで緋美華がぶっちぎり一位かつ、この学校が始まって以来の新記録を刻んでみせた。


「さっ、さすがね、あんたに、勝てるやついないわ...だから私がビリでも...恥ずかしくないんだからね!」


  十秒後、汗まみれでヘトヘトの風見ひよりが、チャンピオンの肩に手を置く。


「うんうん、負けたからって恥ずかしがる必要はないんだよ、例え負けても頑張ったなら胸を張ればいいんだからさ」


  その驕りの無い勝利者の言葉に、敗者や観客たちもが称賛の拍手を送るのだった。


「あの精神と強さ、春野 緋美華!さすがはわたくしのライバルだけありますわ!!」


  恋敵である冴雅も、緋美華に対して拍手を送られずにはいられなかった。

  

「...」


   その日、帰宅した魅美は無駄にデカイ自室の片隅でずっと体育座りをするのであった。




「朝っぱらからお腹空いたよ〜」

「帰ったら焼き鮭と卵焼き定食を作ってあげるから、頑張りなさい」

「わ〜い!ひよりの手作り食べる為なら例えサビ残だって耐えられるよ!!」

「それは耐えちゃ駄目なヤツだからね?!」


  ひよりと一緒に登校してきた緋美華は、下駄箱にローファーを入れて裸足になり、それからシューズに履き変えていた。


そこに後から気品あふれる、堂々とした歩み方で姿を現したのは、金城 冴雅だ。


「あっ、冴雅さんおはよう〜!」

「ごきげんよう、今日も元気でよろしいわね」


   緋美華は冴雅の目を見て、元気にハキハキと挨拶をする。


「おはよう冴雅、今日も堂々とした振る舞いが素敵ね」

「あっ...お、おはようございますっ、風見さん、そんな...わたくしなど...」


   決して無愛想でもなければ、愛想も良すぎない僅かに口角をあげた、クールな微笑を向けられた冴雅は、いつもの堂々とした態度を崩してしまっている。


が。冴雅を乙女にしてしまう微笑を向けた、風見 ひよりは他人とコミュニケーションとか苦手なので内心ではなんか無駄にダメージを受けていた。


友人や教師にこれを繰り返すため、ひよりは朝の時点でかなり疲弊していることは皆には内緒だよ。



「冴雅さん、雪見だいふく一個いる?」


  昼休み。デザートとして持ってきていた雪見だいふくを、緋美華は冴雅の顔に近付けて尋ねた。


「は?風見さんに差し上げたら...」

「わたし今はお腹いっぱいなのよ、あんたが食べてくれたら助かるわ」

「風見さんが、そう仰るな...あっ!?」


   緋美華から冴雅の手に渡った瞬間、何者かに雪見だいふくが掠め取られた。


「んじゃ私が貰いまーす、おいしー!!」

「...」


   羽砂美は満足そうに雪見だいふくを頬張りながら、たくさんいる彼女たちと遊ぶために、教室から出ていった。




「...かなり手強いですわね」


   冴雅は嫌というほど感じていた、勉強は出来ないが、見た目は可愛く、運動神経抜群でありながらそれを驕らず、挨拶もしっかりでき、人を気遣うこともできる春野 緋美華という存在の手強さを。

   

「わたくしが勝つには、どうしたらよいのか...」


   帰宅した豪邸の庭園でメイド長の淹れた紅茶を嗜みながら、ひとり悩む冴雅。


と、そこへ...。


「じゃあこのネックレスを買おう!」

「石堀さん!?」


   いつの間にか羽砂美が眼の前にいて、冴雅にこれを買うと恋愛運最強無敵になれます!と掲載された雑誌の1ページを見せてきた。


その値段は、何と二億円!


「...見るからに詐欺じゃありませんの!!!」

「わー!売り込み失敗〜!!」

 

   羽砂美はメイド長に引きずられて、豪邸の外に放り出されるのであった。


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