第5話「クーデレ猫との同居生活」
「...おはよう、ひより、今日は自力で起きたよ」
幼馴染とのデートが台無しになった休日明けの朝のこと、緋美華は自分の隣、布団の中にある体温にそう話しかけたのだが。
「私はここにいるわよ」
「あっ、そっか、水無ちゃんか」
なにやら苛立ち混じりの、ひよりの声がベッドの上から投げかけられた。
寝ぼけていた緋美華は、今やっと思い出した、出先で邂逅した小さな女の子・津神 水無が、今日から自分の家で居候する事になったのだと。
「...まだ眠い。あと十時間は寝る」
「寝坊助さんなんだね、水無ちゃんは」
「毎朝わたしに起こされてるアンタが言うな」
「その件については御世話になっています...ん?」
ばつが悪そうな顔でベッドから出ようとする緋美華のパジャマの袖を、水無が引っ張った。
「どうしたの、水無ちゃん」
「私が起きるまで一緒に寝てて」
「えっ!?」
「貴女と一晩寝て、運命の香りを感じたから」
自分より七歳上の緋美華に、水無は幼さの割にはキザな台詞を、機械のように冷淡で低めな声色で囁く。
「うっ、運命?ヨハン・ゼバスティアン・バッハが作曲したあの?」
「バカね、運命を作曲したのはベートーベンでしょ...いやバカはそっちの小さい方ね、学校行かずに寝坊しろなんて無理に決まってるでしょ」
「か弱い幼女を一人で留守番させるの?」
「えっ...そういわれちゃうとなあ、弱ったなあ」
緋美華は頭をポリポリかきながら、救いを求めて幼馴染の方を見るも、溜め息を返された。
「自分の幼さを武器にして、困ったわね」
「風見さん、大丈夫ですわ、わたくしの使いの者をこの家の見張りとしてつけますので!!」
「わーッ!!金城さん、あんたいつの間に!!」
あたかも最初から居たかのように自然と会話に入ってきたのは、顔立ちは美しく背も高い、スタイル抜群の御令嬢・金城 冴雅である。
彼女は緋美華、ひよりの幼馴染コンビと同じクラスの生徒だ。
「風見さんがお困りとあらば、直ぐに駆け付ける!それがわたくし金城 冴雅のモットーですもの!!」
冴雅は誰がどう見ても風見 ひよりに好意を寄せており、積極的にアプローチしている。
「じゃあ昨日駆けつけてほしかったわねー」
「え... ... ... ... ...」
ひよりのジト目が冴雅を襲う!
「肝心なときには居ない人っているよね」
「がはッ」
水無の毒舌が冴雅に牙を剥く!
「ちょっとふたりとも冴雅さんに失礼だよ〜っ、それにしても私の家に来てくれるなんて嬉しいなあ」
「よりによって恋敵に慰められ、喜ばれるなんて、敗北感に苛まれますわ」
「だっ、だから私は別に緋美華のことなんてっ」
素直じゃね〜な〜と言いた気な冷たい視線が冴雅と水無から送られるが、ひよりは照れていて気付かなかった。
「それにしても昨日の水無ちゃん、可愛かったなあ」
結局、冴雅のメイドに任せて登校した緋美華は、微睡みながらも授業中に昨晩の水無の姿を思い出していた。
「ただいま」
春野宅に入るなり、玄関で水無はそう言った。
「初めて来た家で!?」
「普通お邪魔しますでしょ」
「固定概念は潰す」
「潰されなきゃならないほど脅威的な固定概念でもないでしょうに」
「じゃ、バイバイ」
緋美華と一緒に靴を脱いで裸足になり、家にあがった水無は、開いたドアの前に立つひよりに手を振った。
「...色々心配だけど、お世話できるのね?」
ぴくぴく、青筋を立てながらも抑えながら、ひよりは緋美華に再度問う、猫を拾ってきた子供に対するそれと同じ声色で。
「うん!我が子のように大切に育てるよ!あ、ひよりが私のお嫁さんポジね!」
「...ま、あんたにしては悪くない冗談ね」
そう言い残すと、あからさまに上機嫌になったひよりは、口元を緩めたまま、スキップで自宅へ帰っていった。
「じゃあまずお風呂に入ろうか」
「う...風呂は苦手」
「苦手でも入る!ばっちいと臭くて嫌われるうえに病気になっちゃいますからね!」
「はぁい」
嫌々ながらも水無は緋美華と一緒に、脱衣所へと向かい、二人は服を脱いで洗濯カゴに入れた。
浴室で緋美華は、水無の体や頭を洗ってやり、三十数えるまでゆっくり湯船に浸かった。
「...気持ちよかった」
「ご満悦ですかお姫様〜」
体の芯までぽかぽかとあたたまり、風呂からあがった緋美華と水無はバスタオル一枚を巻いた状態のまま、リビングのソファーの上で寄り添いあう。
「皆には、緋美華に気持ち良くしてもらったって、自慢する」
「えへへー!私のことはドンドン自慢しちゃって良いからね!!」
「純粋すぎる...」
悪意あるボケをナチュラルに躱されて、水無は少し驚きつつも、なんだか安心感を覚えた。
「そろそろ…ご飯にしようか!」
「うん」
そっけない返事をする水無だったが、どこか喜びが顔に浮き出ている。
「じゃあ水無ちゃんはこれ、私が小さい頃に着てた猫さんパジャマだよ!にゃー!」
「十七歳にもなってにゃーは痛いから辞めたほうが良いと思う」
「うーん、流石にこの歳じゃ痛かったかあ」
「可愛いのは確かだから、私の前ではしないでほしい」
水無は、緋美華の膝上に跨る。
「水無ちゃん女の子にモテるんじゃない?」
「貴女こそ」
緋美華の膝上に跨がっていた水無は、そう言って彼女の顔に自分の顔を近づける。
「あ、えーと、ご飯作るね!」
小さな手が胸に触れ、自分に跨がっている少女の幼い顔が自分の顔の間近にあるこの状況は不味いと、流石の緋美華も悟って逃れようとする。
「帰りにファミレス寄ったよね。どうせなら貴女を食べたいかも」
「あっえっ、あっ、ね、寝ようか??」
「食べたいに対して寝ようか?その答えは、この状況なら抱いての意味だよ」
「いやっ、ま、まずいから、それは、普通に寝よ!」
「残念」
...と、昨晩寝る前に水無とそんな事があった緋美華は、授業中に何度も思い返してしまう。
(...はあ、水無ちゃんは可愛かったけど、恥ずかしいや、あれはね...でもちょっと...)
「ああいうのには、弱いんだよ、わたし...」
緋美華は真っ赤になる顔を両手で覆い隠し、どうしたものかと悩むのだった。
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