第2話「揺られ百合られ」
デートスポットである遊園地へ向かうため、緋美華とひよりは、最寄りの駅までの、見慣れている筈なのに新鮮に感じられる道を三十分ほど歩いた。
やがて駅につき、電車に乗り込んだ二人は、何処に座ろうかと迷っていた。
「座る場所に迷える程がら空きだなんて、休みの日なのにおかしいわね」
「都合いいじゃん、電車の中で二人きりなんだよ?」
「いやっ...それはかなり...いいわね...」
なにやら良からぬ妄想をしてしまったのか、ひよりは帽子を深く被り、紅潮した顔を隠した。
「ひよりってば、変なの〜!」
「あんたと居る時だけよ」
「うわ。キュンって来た、今の」
取り敢えず隣の車輌へ移動し、ふたりは前から二番目の席に座った。理由など特に無い、なんとなくで決めただけ、大切なのは場所より行動だ。
「...あっ、あんた、何でそこに座るのよっ」
想いを寄せる相手が、二人きりなのにわざわざ前じゃなくて隣に座ってきた、ひよりは困惑と期待の入り混じった感情に襲われる。
「駄目なの?」
「いいわよ別に、甘えん坊なんだから」
「だってひより、お母さんみたいなんだもん」
そこはお嫁さんみたいって言って欲しかったなと、ひよりは、ちょっとがっかり。
「えへへ〜ふんふふ〜ん、あっ、みてみて私達の学校があるよ」
電車に揺られながら眺める、窓の外の景色は見慣れた物もいつもと違って見えて、無邪気な緋美華の気持ちを高揚させる。
「休みの日にまで視界に入れたいものじゃないわね」
心を落ち着かせる為に、ひよりは今お気に入りのライトノベルを読んでいる。
なので緋美華に対する返事も適当になってしまうが、勉学に置いては優秀な彼女も、恋愛となると、なんと不器用なことか!
「そう?私は学校ある日はある日で、皆楽しいよ。ところでその本って面白い?」
まずい、緋美華はしてしまった、(隠れ)オタクの彼女に対して、そんな質問を!!!
「これはね、凄い面白いわよ!基本的に一話完結なんだけどそれ故の話の内容がバラエティーに富んでいてシリアスな話からコミカルな話まで幅広いの、そして何より百合描写も濃くて、射し込まれてるキャラクターのイラストも凄く可愛いのよ。ちょっと値段は高めだけど買って損は無い作品だと思うわ!アニメ化もされているからそっちから入るのもありね!!」
「やば!何時にも増して、めちゃ早口じゃん!!」
「またまたまた、やってしまったわ、消えたくなる...」
恥ずかしさのあまり、ひよりの顔が真っ赤になっていき、ふるふる体が震えている。
「それだけ好きな作品って事じゃんか、落ち込む必要ないって、深い愛が伝わってきたよ」
「フォローが逆にしんどいわ」
「本音だよ〜!私は活字読んでると眠くなるから、アニメから見るね!!」
正直なところ、深夜アニメは緋美華の趣味とは遠く掛け離れていたが、大切な幼馴染が、どんなものが好きかを知りたいという気持ちから、今は空いた時間があれば、ひよりに教えてもらった作品を見たりする。
「ありがとね...」
因みにひよりは、オタクの私にも優しい、幼馴染の可愛い女の子がいるとツイッターで呟いたところ、嘘つき扱いされた事があるとかないとか。
「あっ、見て!観覧車って...あ...れ」
「観覧車... ... ...?」
空気が凍る。ただいま通り過ぎた観覧車は、パンフレットに載っていた、目的の遊園地に備わるもののデザインと同じだったのだ。
「電車間違えた...?」
「本を読むのに集中して、駅に降りそびれたかしら」
「ううん、一回も止まってないよ、この電車!」
ではやはり、乗り込む電車を間違えたのだろうか。
「仕方ないわ、車掌さんに確認してみましょう」
「わー!冷静、ひより頼りになる〜!!」
恋愛絡みでなければ、不測の事態に見舞われても冷静に対処できる幼馴染に、緋美華はパチパチと小さな拍手を送った。
操縦席に辿り着くため、先ず隣の車輌へ移動すると、そこには...
「やあやあ、お嬢ちゃんたち、もう違和感に気付いたのか」
「君ら以外に乗客いない時点で、気付くべきだったなあ?」
「こんな別嬪ちゃんが二人もいりゃ、かなりの額になるぜ」
黒いパーカーを深く被り、サングラスをかけ、マスクもして徹底的に顔を隠している不審者が五人もいた。
「うわーっ!見るからにヤバそうな人たち!!」
「バトル路線に変更するには早くない?」
詳細不明ながら危険に巻き込まれたのは確実だと、自らが置かれている状況を理解しながらも、ふたりの態度には余裕が見える。
「意味わかんねえこと言うなよ、取り敢えず抵抗されたらだりいし、気絶してもらうか」
「怪我させんなよ!」
「...フッ、容易い」
大人気なくも五人全員で女子高生に飛び掛かる不審者たち、そして数秒後ーーー!!
「はい!おしまい!」
ーーー不審者は全員、気を失っていた。緋美華は勝利を表すVサインを見せる。
「都合の良い物を持っている人がいるわね」
ひよりは逆さまで両脚を曲げ、他より情けない倒れ方をしている不審者の、ズボンのポケットからはみ出ているロープを奪い、彼女ら全員を縛り上げた。
「文字通り、お縄になったわね!」
「凄い器用な縛り方、脱出無理ゲーぽ」
「呑気なこと言ってる場合じゃないわよ」
「うん、操縦士さんの安否も気になるし、急がなきゃね」
「グルだったら、どうしようかしら」
「今は人の心を信じよう」
気になる点は多々あるが、それは後回しにして、取り敢えず操縦席へ。
「お邪魔しまーす」
「ひいっ」
緋美華が操縦席に入ってくるなり、ブルブル震えながら操縦桿を握っていた運転士が怯えた声を漏らした。
「あいつらとは違いますよ、悪い奴らはやっつけました!」
「...へ?」
運転士から詳しく話を聞いてみると、どうやら脅されて、奴らのアジト近くの駅まで緋美華とひよりを連れて行くつもりだったらしい。
「そうだったんだ、怖い目にあったんですね...」
「通報しないんですか?」
「もちろんあいつらはするけど、貴方は脅されてただけだもん!誰だって死にたくないし、結局私たち助かったから、セーフです!」
「お、お嬢さん...」
こうして、感激した運転士により、電車は不審者たちの意に反し、二人を安全な駅まで連れて行った。
「お礼だ!乗車賃はいらないよ…!」
「ありがとうございます…運転士さん!」
「ストップ」
ひよりが、運転士のご厚意に甘え、電車から降りようとする緋美華を止める。
「せっかく、漫画ならこれで一話の〆でよくない的なやりとりしてだったのに、なんで止めるのー!」
「警察呼んだから、被害者の私達も事情聴取受けるのよ!」
「面倒臭くない?」
「面倒臭いよね?」
「ねー」
緋美華と運転士は、顔を見合わせて頷きあった、もはや初対面とは思えない。
「はあ、意気投合してんじゃないわよ...」
責任感の強さと真面目さから、そうは言いつつも、ひよりだって内心では嘆いていた。
面倒臭いなあ、別の場所でデートか帰って溜まったアニメの録画を消化したいのに、と。
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