第10話 お別れの時
「おーい、ラースさん!エルフレズさん!」
「おお、メッテちゃん! 王太子様だね、ちょっと待っていてくれ」
水門で見張りをしていた兵に呼びかけると、笑顔で答えてくれた。
この5ヶ月近く王宮と酒場に通っていたら、みんなとすっかり仲良くなった。酒場なんてもはや当初の目的を忘れて、ただの常連客になっている。もちろん人魚って事は隠して変装は続けてるけどね。
「ラースさん、ルーカス様が来る前に急いでこっちに来てくれませんか?」
「んん、何だい?」
ラースが水門から降りて川岸へとやって来ると、リュックにしまっていたものをコソコソと渡す。
「メッテちゃん、これってもしかして……」
「桃色珊瑚です。人間にはすごく価値があるものなんでしょ? あげるわ」
「え? な、なんでこんな貴重な物を」
「ほら、奥さんと喧嘩したって言ってたじゃない。もうすぐお子さんも生まれるんだし、ちゃんと仲直りしなくちゃ。小さいやつだけど色が綺麗なのを選んだから、ね!」
「メッテちゃん……それこの間、俺が酒場で言ってた……」
「え? なに?」
「あぁ、いや。何でもない。ありがとうよ」
いつも酒場に行くとみんなが奢ってくれるので、たまにこうしてこっそりと、みんなにプレゼントをしている。これで気持ち的には貸し借りナシだ。
「メッテさん、お待たせしました」
そうこうしているとルーカスがやって来た。何だか少しだけ元気がなさそうねような?
いつものようにお姫様抱っこをしてもらって城の部屋まで連れて行ってもらうとお茶を頂く。もう何度も訪れているので人魚を珍しがってジロジロ見られることも無くなり、どちらかと言うとみんな、微笑ましそうに眺めてくる。
しばらくお茶とお菓子を堪能するものの、やはりルーカスの表情はどこか浮かない。
もしかしてこの5ヶ月弱の間、押しかけすぎたかな? いつも笑顔で迎え入れてくれるから気づかなかったけど、もしかしたらルーカスは迷惑していたのかもしれない。と今更ながら不安になってきた。
「ルーカス様、今日は少し元気がなさそうですけど、どうかしましたか?」
「……実はね、明後日となりの国へ行くことになったんだ」
ルーカスの言葉に、ドクンっと心臓が激しく鳴る音が聞こえた。来るのを迷惑がられるよりももっと嫌な予感がする。
「そこの王女と会って来るように、と言われてね」
「もしかしてそれは、結婚するために、ですか?」
「……うん。どうしてもと言われている訳では無いけれど、でも、そうするのが妥当なんだろうね」
「そうですか……」
やっぱり運命は変えられないのか。
私がどう足掻こうと、この人は隣の国の王女と結ばれる運命なのね。
「メッテさん、どうして貴女は人間では無いのかな……いや、僕が人魚でもいい。何で違う種族に生まれてきてしまったんだろう。もし同じ種族に生まれてきていたのなら、間違いなく僕は貴女を妻に迎えるのに」
「永遠の愛を誓って下されば、私は人間になれるんです!」と言うセリフが喉まで出かかったが、グッと飲み込んだ。
もしここでバラしてしまえば魔法薬の効果が無くなってしまう。
素敵な王女様だと良いですね、とそれだけ言うとメッテはサヨナラを言い、自分の城へと帰って行った。
******
3日後、メッテは岩礁の上に座ってルーカスの乗る船を見送ると、空を仰いで盛大にため息をついた。
「あーぁ行っちゃったぁ。これで計画は何もかもお終いね」
戻ってくるのは一月後だと言っていた。ちょうど薬の効果の切れる頃だ。
「まっ、薬の効果があろうと無かろうともう関係ないけどねー」
ルーカスが再びこの海へ戻ってくる事にはきっと、王女様との結婚を決めているだろう。
つうっと頬に水の雫が流れ落ちた。
「別に、ルーカスと結ばれなかったのが悲しいんじゃないっ。ただあのヘンリックとか言う王子に嫁がなきゃなんないのが嫌なだけなんだから!」
ゴシゴシと乱暴に頬を擦ると、再び海の底へと戻った。
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