第9話 舞踏会

いよいよ舞踏会の日がやって来た。エラに色々と飾り立ててもらうと広間へと向かい、参加者達と次々に挨拶を交わしていく。


 そして最後に、会場の端からメッテの事をずっと見ていた人魚がこちらに向かってやって来た。



 え゛……ヘンリック様ってまさか、あの人じゃないよね?


 ウソでしょ?!ウソだと言ってーーー!



「メッテ姫、お初お目にかかります。ヘンリック・ハンセンと申します」


 ヘンリックと名乗ったその男は、サメ系でもルリスズメダイ系でもなく、カワハギ系ですらなかった。



 まさかのアンコウ、きたーーーー!



 真っ黒な尾びれは良いとして、だるんだるんの身体にギョロっとした小さな目、更に顎には無精髭。


 ないないないない!!


 いや、ダメよメッテ。人を見かけで判断するとか、クソ野郎のする事。中身が大事。

 中身が…………妙な性癖があるんだっけ……。


「ヘンリック様、ようこそおいで下さいました」


 一部分だけ見て全体もダメだと評価をするのもダメよね、うん。と、とりあえずにこやかに挨拶をしておく。

 もし計画が失敗したらこの男の元へ嫁がなきゃならないんだから、好印象を持ってもらわねば。


「こちらの海へは初めて来ましたが、色ばっかり派手で小さい魚ばっかりですねぇ」


「はぁ……」


「しかも珊瑚ばかりで海藻があまりない上、プランクトンも少ないですし。でもそのおかげで青く澄んで見えるのは評価出来ますけどね」


 「何でお前に評価されなきゃなんないのよ!」と言う言葉がでかかったが、グッと飲み込み耐える。


「うちの海に来ればここよりもずっと豊かな海が広がっていますよ、メッテ姫」


 ヘンリックがチュッと手の甲にキスしてきた。ヤメロ。

 バレないようにこっそりスカートで拭く。


 だいたい、うちの海って何?! あなたのお父様が統べる海でしょ!


「はは、それは見てみたいですね」


「貴女の事は噂で伝え聞いておりましたが本当にお美しい。その髪の毛なんて、まるでジャイアントヘルプの森のようですね」


 はい? 今なんて?? ジャイアントヘルプの森ってどんな例え?!波打つ髪を表現したかったのかもしれないけど、金色はどこに行ったのよ。

 この前ルーカスに会った時には、私の髪を「明け方の金色に輝く水面みなものようだ」と言ってくれたのに!


 褒めているのか貶されているのかよく分からないセンスの無さに絶句する。


「メッテ姫? どうかなさいましたか?」


「……いえ、何でもありませんわ。ふふふ」



 この後も続く自慢話やら何やらにテキトーに相づちをうってやり過ごす。そしてルーカスの事を思い出していた。種族が違うとは言え、同じ王子とは思えないわ。


 自尊心はあるけれど傲慢ではなく、優しくて気配りの出来る人。この前声が枯れてしまっていた時なんて、喉にいいからとお茶に蜂蜜を垂らしてくれた。

 彼の周りで仕えるもの達は、みんなルーカスの事を慕っているようだった。

 


舞踏会という事で当然のごとくヘンリックと一緒に踊ったが、グルグル振り回されるわ無駄に胸元に引き寄せてくるわ、こちらの体力を考えずに何曲も踊りに付き合わされるわで、会が終わる頃には精も根も尽き果てた。


 ヨロヨロと部屋へ戻ろうとすると、舞踏会に来ていたお姉様たちがやって来た。


「メッテ大丈夫?」

「なんなのあのヘンリックとか言う王子! 気品の欠けらも無い!!」

「あんな男の元へかわいいメッテを嫁がせるなんて……!」

「私たちからお父様にお願いしてみましょ!」

「そうね、そうしましょ」


「お姉様……」


 ジーンと目頭が熱くなる。仲のいい姉妹に恵まれてよかった。


「でも私がヘンリック様に嫁げば、隣の海の恩恵を貰えますし……」


「それはそうだけど……これまでだってこの海だけでやってきたんだもの。隣の海なんて要らないわよ、ねえ?!」


「うんうん、それにさ、メッテ。あなた想い人がいるんじゃない?」


「ふぇ?」


 思わず変な声を出してしまうと、お姉様たちがくすくすと笑い合う。


「んもう、分かるわよ。随分と外出しているみたいじゃない」

「それに以前とは性格がガラッと変わったしね」

「前は大人しくて奥ゆかしい感じだったけど、今はなんて言うか……行動的になったしサッパリとした性格になったもの。こんなに人が変わったかのように性格が変わるなんて、恋以外有り得ないでしょ!」


 性格が変わったのは前世を思い出したからだけど、それを言うとややこしくなりそうなのであいまいに笑ってみせると、姉たちの追求が続く。


「で、どこのお方なの?」


「そ、そんなんじゃないです……」


「またまたぁ、ほら白状しなさい!」


「今言わないと、メッテと仲のいいイルカ達に聞いちゃうわよ」


「…………ローデンセ王国の王太子様」


 ジリジリと5人の姉に詰め寄られてボソッと呟くと、姉たちの動きが止まった。


「ローデンセ王国って……陸にある国よね? え?」

「ウソでしょ? 人間の男を好きになってしまったの?」

「そんなっ……」


 正確に言うと好きになった訳ではなく、私のことを好きにさせたいのだ。とは言え人間に永遠の愛を誓ってもらえると人間になれることは話せないし、追求されると困るので、私が好きという事にしておこう。


「メッテ、目を覚まして! 人間の男に恋をしてもどうにもならないわ。だって人間が私たち人魚をみたら気味悪がるって、お父様やお祖母様がいつも言っているじゃない」


「そうよ。結ばれない人に想いを寄せたって悲しいだけだわ。そうだ、私がもっといい男性を見つけてくるから、ね?!」


「半年だけ待って!そしたらちゃんとキッパリと諦めるから。だからそれまでは私のこと応援して。お願い。」


「半年? 一体何があるって言うの」


「それは今は話せないの。ごめんなさい」


 メッテが困ったように謝ると、お姉様たちもため息をつきながらも頷いてくれた。




 ルーカスのメッテに対する態度からそれなりの手応えはあるものの、種族の壁は果てしなく高い。


 でも可能性がゼロでない限りは諦めない。絶対にあの隣海へなんて嫁ぎたくない。


 今日ヘンリック王子に会ってみて、メッテは改めて決意をした。

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