第7話 再会
「なぁんにも変化はなかったけど大丈夫かな」
ルーカスに聞いた場所を次女に教えて貰って、海から顔を出して王宮の方を伺う。
魔女から魔法薬を貰った後、言われた通りに陸に上がって飲んでみたけど特別な変化は起こらなかった。薬自体も、あんなに気持ちの悪い物をドカドカと入れていた割には何の味もしないただの真水のようだった。
「まさか魔法薬なんて、はったりだったりして」
まぁ分からないことをあれこれ考えてもしょうがない。深く考え過ぎず悩まないのが私のいいところだよね。とっとと王子に会いに行こう。
人間に見られないように注意しながら河口から川を遡って泳いでいくと、ルーカスが言っていたとおり水門があった。水面から顔を出してもんの上を見ると、見張りの兵が2人立っている。
「ごめんくださーい」
兵士に呼び掛けてみるとキョロキョロと見当違いな方を見回している。
「兵士さんコッチです、コッチ。川の中です」
手をブンブン振ってアピールすると、ぎょっとした顔をされた。
「きっ、君どうしたんだ?! まさか川に落っこちたのか? 今ロープを降ろすから捕まれ!」
「いえ、落ちたわけではなくて川を泳いできたんです。私はこちらのお城に住んでいる王太子様にお会いしたくて参りました、メッテというものでございます。王太子のルーカス様にお取次ぎ願えないでしょうか」
「メッテ……? もしかして以前に聞かされていた女性のことか」
「メッテと言う人魚が来たら知らせるようにとか言ってたあの? まさか、下半身が魚の人間なんて居るわけないだろ。王太子様は溺れて幻覚でも見たんだろうよ」
「兵士さん達、何やらごちゃごちゃ言っていますけど、私は人魚ですよ、ほら!」
尾びれをグイッと水中から持ち上げて見せると、2人がひっくり返った。確かに下半身魚の人間がいたらびっくりするかもしれないけど、その反応はショックだなぁ。
「ほほほほほんとにいた!」
「バカ言え! あれは何か履いてんだよ」
「なるほど、だよな。人魚なんているわけない」
「それにお前、サファイアのピアスは持っているのか? 王太子様が人魚に渡したと仰っていた。見せてみろ」
「ピアスは……落としました」
「落としただと? あんな貴重な宝石の付いたピアスを落とすバカがどこにいる。この女ウソをついて王太子様に会おうって魂胆だな! おい、捕まえるぞ!」
1人はこちらに向かって矢を射ってくるし、もう1人は応援を呼ぶために鐘を鳴らしはじめた。
「本当なんです! ルーカス様に直接お会いすれば分かりますからどうか……っ!きゃあっ!!」
1本の矢が肩を掠めて飛んで行った。
傷口から血がタラタラと流れ落ちる。
どうしよう。このままだと会えないどころか殺されちゃう。やっぱりピアスを魔女にあげるんじゃ無かったかも。
クルリと向きを変えて逃げ出そうとした時、怒鳴り声が聞こえてきた。
「何をしているんだ?! おい、やめろっ!その方は私の命の恩人だ!」
男性の声に兵の弓を射る手が止まり、困惑顔で男性の方を見ている。
男性の方はと言うと、水門から降りてきてこちらへと近づいてくた。
黒い大きな瞳が印象的なその人は――
「ルーカス様!」
「ああ、メッテさん! 来てくれたんだね。川岸まで泳いでこれるかい?」
頷いて川岸まで泳いでいくと、肩の傷を見たルーカスが悲痛そうな顔をした。
「さあこちらに手を出して」
メッテが差し出した手をルーカスが握ると、そのまま引き上げられて横抱きにされた。
「あれ程よく言い聞かせておいたのに、こんな事になってしまって申し訳ない。手当をするから城の中へ入ろう。それとも貴方は水の中でないといけないのかな」
「いえ、陸に上がっても大丈夫です」
良かった、とルーカスは微笑むとメッテを抱いたまま城の中へと入っていく。
これっていわゆるお姫様抱っこって言うやつよね。初めてされたけど顔が近すぎる!しかもムダにいい匂いするし、密着感が半端ない。
こんな事されてときめかない方がどうかしてるでしょ。いや、ときめいている場合じゃない。
私が彼を好きになるんじゃなくて、彼が私を好きになってもらわないと。
王宮の一室に連れてこられて椅子に座らせてもらうと、やって来た医務官に手当をしてもらった。
「ちょうど水門の方を見いて良かった。本当に申し訳ない」
「私がピアスを無くしてしまったのがいけないのです。あの兵士の方達は自分の仕事をしただけで悪くはありません。どうか罰をお与えにならないで下さい」
「メッテさん、貴方は優しいね」
ルーカスが髪の毛に触れてくる。どうしよう、ドキドキが止まらない。
「あ、あの。水門の方を見ていたと言うのは……」
「貴女が来てくれるんじゃないかと、今か今かと待っていたんですよ。それこそ毎日、暇さえあれば城の中から水門の方を見ていました。本当にもう一度会えるのかと不安だったど、会えて良かった」
ああーー、メッテ、気を確かに持つのよ!ノックアウトされている場合じゃないっ。恋愛は好きになった方が負けなんだから!
心の中で自分の頬を叩いて正気を取り戻させる。
「メッテさんはお茶は飲むのかな?美味しいクッキーもあるのだけど。それとも人魚は海の物しか食べられない?」
「人と同じようになんでも食べられます」
「それなら直ぐにお茶の支度をさせよう」
ルーカスの合図で直ぐにお茶とお菓子が用意されると、前世ぶりの味を堪能させてもらう。
何せ海の中ではお茶なんて飲めない。ましてやクッキーのようなサクサクとした食感の食べ物は皆無。口の中の水分が取られるようなこの感覚、たまらない。
「喜んで貰えたみたいで良かった。メッテさんはクッキーがお好きみたいだね。良かったらこちらのも食べて」
ルーカスが蕩けそうな笑顔を向けて、クッキーののったお皿を目の前に置いてくれた。殿方の前でお菓子を頬張るなんてはしたない事をしてしまった。人魚のお姫様なんだからしっかりせねば。
しばらくお茶とお喋りを楽しむと、外が暗くなってきた。そろそろお暇させてもらう旨を伝えると、「その身体では歩けないでしょう? 」と、ルーカスに再び抱っこされた。
「メッテさん、今日は来てくれてありがとう。凄く楽しいひと時だった。もし良ければこうしてまた、一緒にお茶をしてくれませんか」
「は、はい。私でよければ是非」
来た時の川岸でルーカスはメッテを水の中へ降ろすと、頬にキスを落とした。
「それでは気をつけて。また、お会い出来る日を楽しみにしています」
メッテは頭に血が上って熱くなるのを抑えるためにジャボンと水の中に顔をつけると、人魚流別れの挨拶、尾びれを振ってさよならをした。
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