第4話 目を開けた王子様
さあ目を開けて。修道院から人が出てくる前に起きてもらわないと困る。私と、それから人魚の未来がかかってるんだから寝てる場合じゃない!
半ば強引に起こすように王子の頬をさすると、長いまつ毛に縁取られた瞳が、ゆっくりと開かれた。まるで濡れた黒曜石の様な王子の瞳がメッテの瞳を捉える。
「きみ……は……?」
「私の名前はメッテと申します。海で溺れている所を偶然通りかかって、この岸辺まで貴方様をお連れしました」
じーっとパーティーの様子を観察していた、だなんて言えないじゃない。偶然でいいのよ、偶然で。
「残念ながら船は大破したようで、他の御方は見つけられませんでした」
「そう……か」
王子の瞳が揺れ、ほんのりと涙が浮かんだ。
メッテとしても見殺しにするのは嫌なので他の人も助けてあげたかったが、成人男性を一人抱えて泳ぐので精一杯だった。イルカ達に頼んでも、呼吸が出来るように水面に顔を出しながら泳ぐなんて出来ない。
「どこかお加減の悪いところは御座いませんか?」
「いや、僕は大丈夫だよ。身体がダルいだけで。申し遅れたね。僕はローデンセ王国の王太子でルーカスと言う者です。メッテさん、助けて頂いてありが……」
メッテの膝、もとい尾びれに乗せていた頭をルーカスが起こすと、その尾びれに視線を落として固まった。
「えっ……? 君は一体……」
「人魚です」
人魚である事を水中に入って隠すかどうか迷ったけど、結局今ここでバラしてしまう事にした。
お父様やお祖母様は人間は人魚を見たら、きっと気味悪がるから姿を見せてはいけないと言っていたけど、そんなことは無いと思う。
前世にいた世界では、人魚は人間の……取り分け男たちのロマンであり憧れの存在。おまけに私は6姉妹の中でも取り分け美しいと評判なのだ。
戸惑うかもしれないけど、きっと受け入れてくれるだろうと踏んだ。
「気持ち……悪いですか?」
困ったような、悲しむような表情にプラスして少々上目遣いにルーカスを見る。男を落とすなら、上目遣いは鉄板でしょ。
「まさか! 命の恩人を気持ち悪いだなんて思うはずがないよ。それに貴女はその……凄く美しい」
「良かった。気味悪がって逃げてしまわれるかと思ったのですが……ありがとうございます」
ニッコリと微笑みながらエメラルドグリーンの尾びれを嬉しそうにパタパタと動かすと、ルーカスが赤面した。
よしよし、これはいい反応。
「メッテさんには助けて頂いた御礼に何かしたいのですが、生憎、今の僕は何も持っていなくて。一緒に来ていただく訳にはいかなそうなので、改めて後日お会いして頂けませんか?」
「御礼だなんてそんな……。でもルーカス様にもう一度お会い出来るのは嬉しいので、もちろんお受け致します」
慎み深く、でも好意を伝える。これ大事。
「メッテさんはローデンセ王国と言う島国をご存知でしょうか。私の住む王宮はリュス島東側の海にほど近い場所にあるのですが」
国の名前は知らなかったけど、リュス島はもちろん知っている。と言うのも、リュス島をぐるりと囲む海が父王が統べる海なのだ。
海辺にある王宮……。そんな王宮はあまり無さそうだし、多分物知りなお祖母様か海の上へ遊びに行くのが好きなお姉様方に聞けば分かるかな。そう言えば2番目のお姉様はリュス島の東側辺りの家へ嫁いだんだっけ。聞いてみよう。
「船が居たところから近い場所でしょうか。それなら恐らく誰かに聞けば分かります」
「ええ、そうです。リュス島の東にリュスインテステ川の河口があって、そこを遡って行くと直ぐに城内を流れる川に繋がっています。城内へ繋がるところには水門があって門兵がいますのでこちらのピアスをお見せ下さい」
ルーカスは左耳から青い宝石のついたピアスを外すと、メッテに差し出してきた。真珠は見慣れているけれど、こんなに透き通った青い石は滅多に見られない。深い海のような色合いに思わず見とれてしまう。
「もちろん門兵には予め、貴女のことを話しておきますので御安心を。絶対に危害を加えるような真似はしないように言っておきますので」
「わかりました」と頷くと、修道院から小柄な女性が出てきた。女性はルーカスと、そしてメッテの姿を見ると「きゃあっ!」と驚きの声を上げる。
恐らくあの人が修道院で教育を受けている王女だ。
「私はここで失礼致します」
「メッテさん、必ずまたお会いしましょう」
ルーカスはメッテの手を取ると、その唇をチュッと優しく手の甲に押し付けた。
「はい。必ずルーカス様にお会いしに行きます。お元気で」
ルーカスに貰ったピアスを握りしめて、メッテは海の奥底にある自分の城へと帰って行った。
******
さてはて、これからどう動くか。
自室に戻ったメッテはルーカスから貰ったピアスにチェーンを通し首から下げると、この先の事を思案する。
お祖母様に聞いたところによると、ルーカスと話をしたあの入り江から城まで辿り着くには1週間はかかりそうだ。となると、手間取ることなど色々と考慮して、早くても半月後くらいに城へ会いに行った方が良さそうだな。
それに、ルーカスと再会する前に魔女に会っておいて下準備しないとね。
人間になれる薬がなきゃ元も子もないわけだし。
「さあーて、これから忙しくなるぞー!」
肩をグルグル回しながら、メッテはひとり、部屋で気合を入れた。
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