第三十二章
「零夜」
横から名前を呼ばれて振り返る。
そこには俺を見上げている、彼女の千雪。
今は駅前のショッピングモールで買い物中だ。
「どうしたの?」
にっこりと笑って首を傾げる。
「零夜……前に屋上で私のこと、褒めるというか、偉い、って言ってくれたでしょ?」
そういえばそんなこともあったな、と思い頷く。
「なんで私の家庭事情のこと知ってたの?」
「あー、それは……」
あの日、千雪が家で無視されて、家事を押し付けられて、そんな生活に疲れて自殺する未来が見えたからだった。
だから俺は、助けないと、と思い、彼女を屋上に呼び出して「頑張りすぎないで」と言った。
そのことを話すと、彼女は目を見開き、「そうだったんだ」と驚いていた。
「じゃあ、零夜は私の命の恩人だね」
千雪がそう笑う。
「そうだね」
俺も微笑みながらで頷く。
「あ、そうだ。これ、千雪にプレゼントしたくて……」
そう言ってポケットからあるものを取り出す。
彼女は首を傾げながら俺を見つめている。
「これ」
千雪に渡したものは——
「ネックレス……」
白い箱に入ったネックレス。
「うん。自分で作ったんだ」
お店で材料を買って、自分で作ったものだった。
銀色のチェーンに、薄水色の、真珠に似たような玉。
「綺麗……」
彼女は目を見開き、目に涙をためる。
「ありがとう……」
彼女がネックレスの入った箱を胸に抱いた。
「喜んでくれてよかった」
千雪の頭を撫でる。
彼女は涙をこぼした。
「つけて、いい?」
彼女がぼろぼろと泣きながら訊ねてくる。俺は「もちろん」と頷く。
「どう?」
彼女が満面の笑みを浮かべながら首を傾げた。
「すごく似合ってる。可愛い」
素直にそう言うと、千雪は頬を赤らめて、ありがとう、と俯く。
「ていうか、千雪にはなんでも似合うし、いつも可愛いよ」
「……れ、零夜もいつもかっこいいよ……!」
彼女は俺の言葉に仕返しをするように言った。彼女の言葉に笑ってありがとう、と答える。
まだ目に溜まっていた千雪の涙を拭う。
千雪は泣き虫だ。
これまで何回も彼女が泣いているのを見た。
だから俺は——君の涙が落ちる前に、君のそばにいたいと。そう思ったんだ。
もちろん、嬉し泣きはこちらも嬉しくなる。
いつも感情を溜める彼女だから、たまに爆発して泣き出すことがある。その時は優しく抱きしめて、慰める。
俺は千雪が大好きだ。今までも、これからも。
ぽんぽん、と彼女の頭を撫でる。彼女は嬉しそうに笑っていた。
この幸せが、いつまでも続くといい。
そしてきっとこれからも、俺達は幸せで包まれているだろう——。
【完】
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