第三十章
それから望月先生が帰ってきた頃には陽菜ちゃんは泣き止んでいて、私は彼女と連絡先を交換してから教室に戻った。
私が教室に戻ると、ちょうど授業の合間の休み時間だったので、誰も私には見向きしなくてほっとした。
一人を覗いて。
彼は真っ先に私を見つけて、なにも言わずにこちらを見つめていた。
なんだか落ち着かなくて、本を読み始める。
すると、少しして零夜が私から視線を外したので、ほっとして本を読み続けた。
夜。
ベッドに寝転がって、零夜とのLINE履歴を見ていた。
『久しぶり。今日会えて、嬉しかったよ』
これが最初の一言。
『今度、一緒にどこか行こうね。空いてる日とか、ある?』
『久しぶり。大体いつでも空いてるよ。でも明日は無理』
ふふっ、と小さく笑った。
『大体いつでも』って。『いつでも』でいいじゃん、と思い、一人でくすくすと笑う。
なぜか、零夜と話したくなった。
でも、話さない。話してはいけない。
なんだか急に、零夜と話せなくて寂しくなった。零夜も話しかけてこない。
自業自得なんだから、仕方がないけど。
——話しかけてくれれば、いいのになあ。
無意識にそう思う。
私はぶるぶると頭を横に振り、スマホを裏返して布団に潜った。
休日。
私は高芽公園に出かけた。
どうしても零夜に会いたくて、その気持ちを抑えるために、高芽公園に向かった。
高芽公園は思い出の場所だ。
高芽公園に着き、葵月町を眺める。
ここで初めて、零夜に私の名前を呼ばれた。
千雪、と私の名前を呼ぶ、柔らかい声、風に揺れる黒い髪、細くなる目、にっこりと笑う口。
そのことを思い出す。
気が付いたら涙が溢れていて、私は涙を必死に手の甲で拭う。
会いたい。零夜に会いたい。
涙は拭っても拭ってもとどめなく溢れてきて、視界が歪んだ。
「——千雪?」
どくん、と胸が高鳴る。
振り返ると、今一番会いたかった人物が、後ろに――。
「零夜……」
零夜、零夜、と縋るように名前を呼ぶ。
彼が目を丸くしていた。
「どうしたの、大丈夫?」
彼が私に近づく。
私が泣いていることを心配していたようだった。
「手で拭っちゃだめだよ。はい」
零夜がポケットから柔らかい水色のハンカチを差し出してくる。
「大丈夫……」
私は首を横に振った。
会えたのは嬉しい。
でも、もう零夜とは仲良くしたくない。
——ごめん。
私は彼に聞こえないくらい小さな声でそう呟いて、彼に背を向けてその場を去る。
が。
零夜に手首を捕まれ、そのまま彼に抱きしめられた。
ぎゅうっと、大切なものを守るように、包み込むように。
「零夜……っ」
彼の肩を私の涙で濡らし、泣き続ける。
「千雪、千雪」
零夜が確かめるように私の名前を呼んだ。
「逃げないで」
囁くように彼が言った。私は泣きながら彼の言葉に耳を澄ます。
「逃げないで、まだここにいて……」
私はその言葉に返事をするように、彼を抱きしめ返した。
「俺に理由があって俺を避けてたなら、ごめん。俺に理由があるなら、言ってくれれば直すから」
零夜が必死に言う。
「違う、零夜に理由があるんじゃない」
私は首を横に振った。
「私の判断だから、零夜のせいじゃない」
彼は私と目線を合わせて、本当?と訊ねてくる。
「本当」
私は零夜の目を真っ直ぐ見て、こくりと頷いた。
「……話せる?」
また小さく頷く。
零夜が私をそっと離した。
そして二人でベンチに座る。
私はそっと口を開いた。
「……実は私……零夜に、……裏切られる夢を見て」
彼が「うん」と返事をする。
「それで、私、怖くって、もう零夜と、仲良くするのはやめよう、って」
「……うん」
「それで零夜を、避けてた……」
彼がそっか、と頷く。
「ごめん。でもね、急に零夜に会いたくて、たまらなくなって……それで、高芽公園に来たの。そしたら零夜と話せないことが悲しくて、寂しくて、泣いてたら零夜が来た……」
私は全部、正直に話した。
隠すことなく、全部。
「でも、ごめん。やっぱり私は、零夜とは――」
私の言葉は、そこで途切れた。
え、と声を漏らして彼を見る。
彼は優しい笑みを浮かべていた。
暖かい、柔らかいものが一瞬頬に触れた。
もしかして。
今私、零夜に——
——キス、された?
そうわかった瞬間、顔が熱くなる。きっと今の私の顔は真っ赤だろう。
真っ赤な顔を見られたくなくて、俯いてしまう。
「俺、千雪が好きだ」
私が零夜の言葉に顔を上げると、彼と目が合った。零夜の顔も赤かった。
え、と目を見開く。
彼の顔は真剣で、本気なんだということが伝わってきた。
「本当……?」
「本当だよ」
零夜が優しく微笑み、「千雪は?」と訊いてきた。
「私、も……零夜が、好き」
勇気を振り絞り、私はそう言った。
顔が熱い。
零夜が私の言葉を聞くと、心の底から嬉しそうに笑い、私を強く、強く抱きしめた。
零夜が噛み締めるように、「大好き、千雪」と言う。
「私も、大好き」
小さな、小さな声で言ったけど、彼は私の声を聞き取り、優しく微笑んでくれた。
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