第3話 彼女はお堀を埋めたい
「……(スタスタ)」
「……(スタスタ)」
「…………(スタスタスタ)」
「…………(スタスタスタ)」
「………………(スタスタピタ)」
「………………(スタスタピタ)」
「……………………ねえ、福地原さん?」
「何かしら?」
「どうして僕の後をついてくるの?」
「決まっているじゃない。あなたがちゃんと泌尿器科へ行くかどうかを確認するためよ、クソ天桐君? 好き」
「もう帰宅途中なのに、まだそのネタ引っ張るんだ」
「というのは冗談で、好きな人と片時も離れたくないというストーカー――いえ、乙女心を理解出来ないというの、クソ天桐君? 好き」
「わざわざ言い直さなくてもいいよ。福地原さんがストーカーでも僕は全然構わないし」
「まあ、何て度量の大きな未来の旦那様なのかしら。私は今、キュン死しそうなくらい胸が高鳴っているわ」
「大袈裟だなぁ。僕はただ、キミが僕に危害を加える気がさらさらなく、実害がないから放置しているだけだよ」
「それはつまり、私の事が好きで好きで仕方がないから、このまま自宅までお持ち帰りしちゃいたい、という事でいいのね、クソ天桐君? 好き」
「よくない。何1ついい事はないよ」
「それにしても、こうして並んで立っているとやっぱりあなた、背が高いわね」
「公認されたストーカーは後ろじゃなくて横に並び立つんだね。あと、僕の背が高いというより福地原さんが小柄なんだと思う」
「そう? これでもトップとアンダーの差は15センチ以上あるのよ」
「身長。あくまで身長の話だったよね?」
「まだまだ成長中よ」
「聞いてないから。勝手に話を進めないで」
「あなたは大きい方と小さい方、どちらが好みかしら?」
「好き嫌いはともかく、大は小を兼ねるとも言うからね。大きいに越した事はないんじゃないかな」
「なるほど。天桐君は巨乳好きの変態クソウジという事ね」
「未だかつてないほどの罵倒のされ方だね。大抵の男性は大きい方が好きだと思うけれど」
「外見でしか女性の価値を判断出来ないなんて、畜生にも悖る最低のゴミクズクソウジだわ」
「好きになったり嫌いになったり、忙しいね」
「言ったはずよ。そういうお年頃なのだと」
「そうだったね。ま、僕の事を好きでも嫌いでも福地原さんは福地原さんだからね。いいと思うよ、そのままで。それはそれである種の魅力だと思うし」
「……あなた、変わってるわ」
「変人代表の福地原さんにそう言われるなんて、僕もいよいよソッチの仲間入りかな」
「……困るわ、そんなの」
「どうして?」
「益々あなたの事を好きになってしまいそうで、自分が怖くなるの」
「それは確かに、困っちゃうかもね」
「何を他人事みたいに言っているの、クソ天桐君? 好き」
「実際、他人事だしね。僕と福地原さんは席が隣というだけのクラスメイトでしかないんだし」
「そうはっきり言われてしまうと少し――いえ、とても寂しいわ」
「寂しいとは言ってもね、今朝までほとんど話した事も無かったんだし、いきなり彼氏彼女とか婿嫁なんて言われるより冷静で客観的な事実だと思うんだ」
「冷静で客観的な事実なんていらないの。私が欲しいのは、あなたからの熱くとろけるような愛情よ」
「チョコレートでもあげれば満足してくれるの?」
「そうね、口移しで食べさせてくれるなら大満足よ」
「僕では福地原さんを満足させる事は出来そうにないね」
「だから、泌尿器科へ行きなさいとあれほど」
「もうそのネタはいいって――と、ウチに着いちゃったよ」
「ここがあなたの家……何だか普通の家なのね、クソ天桐君? 好き」
「当たり前だよ。一体、どんな家を想像していたのさ――いやいい、言わなくていいから」
「先回りして私の言葉を封じるなんて、随分とつまらない真似をしてくれるわね」
「それより僕はもう帰るよ。また明日ね」
「何を寝ぼけた事を言っているの。まだご両親にご挨拶も済んでいないと言うのに、クソ天桐君? 好き」
「両親は共働きで帰りは夜遅いんだ」
「それなら、妹さんにご挨拶を」
「妹も部活で帰りは遅いんだ」
「……そしたら、私はどうやって外堀を埋めたらいいのかしら?」
「僕に訊かれてもね。埋めるべき外堀が無いのなら、大人しく引き下がればいいんじゃない?」
「なるほど、良い事を言うわね。外堀が無いのであれば、内堀を埋めればいいのよ」
「……内堀ってつまり、僕の事だよね?」
「当たり前じゃない。さ、早く私を持て成して頂戴な」
「厚かましいにも程があるなぁ」
「ここまで来て私を家に入れないというのであれば、大声でレイプされたと騒ぎ立てるわ、クソ天桐君? 好き」
「厚かましさもここまで来ると、いっそ清々しいね」
「あなたはどちらがお好みなのかしら? 私と家に上げて持て成すのと、今ここでレイプ魔の汚名を着せられるのと」
「どちらもお断りかな」
「中々焦らしてくれるわね。私、そういうのはあまり好きではないのだけれど」
「一応聞いておくれど、男子が1人しかいない家に入ることの意味とかわかってる?」
「愚問ね。ゴムは既に用意済みよ」
「普段からそういう事してるの?」
「私はヴァージンよ。疑うというのなら試してみればいいわ」
「じゃあ、どうしてゴムなんて用意しているのさ」
「淑女の嗜みですわ」
「急にキャラ変しないでよ。もういい、わかった」
「わかってくれたのね」
「うん、僕は家に帰らない。駅前で時間を潰す事にする」
「ラブホかネカフェ、もしくはカラオケというのもスリルがあっていいわね」
「本屋に行くだけだよ」
「なるほど。木を隠すなら森の中というわけね」
「本屋って隠れるような場所あったっけ?」
「細かい事はどうでもいいわ。それより私を家に招待するの、それとも私を家に招待するの、どっちなの?」
「『それとも』の言葉の使い方がおかしいって。やっぱり日本語学校へ行った方がいいよ」
「そういえば叔母の勤めている日本語学校も駅前にあったわね。そこでする?」
「しないよ。ていうか、もう疲れちゃった」
「それは大変ね。私、マッサージが得意なのよ。今、家に招待してくれたら特別にタダで揉んであげるわ」
「普段はお金取るんだ」
「柔道整復師の叔母に習ったプロの技だもの、当然よ」
「そこまで言うなら、試してみようかな」
「それがいいわ。私、こう見えても和菓子が好きなの」
「きっちりお金の代わりを請求しているじゃないか」
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