3 演算の抽象性、色と言葉
原初の素朴な数である〈1、2、たくさん〉のなかで、〈最も説明を要する概念〉はどれだろうか?
言い換えれば、概念としてどれがいちばん難しいのだろうか?
そんな疑問を出発点にしてみる。
〈1〉はなんとなくわかりやすい気がする。いや、〈1〉の概念だって真剣に取り組めば非常に難しくもなるのだろうけれど、でもそれは哲学とか、神学とかの領域に任せておけばよさそうだ(思い出してほしい、我々はいま数学の話をしている!)。
〈たくさん〉もわかる気がする。なにせ特別な専門用語じゃないところが魅力的だ。〈たくさん〉というのだから、それはたくさんあるということなのだろう。
というわけで、残る〈2〉が問題となる。
前回立てた同じ問いを、この〈2〉という数に対しても繰り返してみよう。
つまり、こうだ。
〈2〉という概念を、〈2〉という数字を用いずに説明することは可能だろうか?
〈2〉とはなんだろう。〈ふたつ〉とはいったいどういう概念なのだろう。言葉についてそんなふうな疑問にとらわれたとき、我々の身近にはとても便利な道具がある。ある言葉を別の言葉で適宜説明しようとする見事なアイデア集、辞書と呼ばれる優れた書籍だ。ひとまずこれに頼ってみる。
【2とは1の次にかぞえられる数、すなわち1に1を足して得られる数】
これが辞書の定義するところの〈2〉の概念だ。
いわれてみれば、その通り。2とは1の次の数である。1と2のあいだには、たしかにそういう〈構造〉がひそんでいる。そしてうれしいことに、我々は〈1〉という概念を(ひとまずは)すでに理解している。理解している概念をもとに〈構造〉を組み込むことで、〈2〉という概念を明示的に説明できている。
そしてこれこそが今回の話題の最終的なテーマとなる。〈構造〉こそが個別の〈概念〉を生み出していく原動力になる、というものの見方。それは〈具体性〉ではなく〈抽象性〉によりものごとを理解しようとする、数学的なアプローチとなる。
〈抽象化〉がものごとの〈構造〉を記述してくれる。
そして〈構造〉が〈具体性〉を記述していく。
そう、〈抽象化〉こそが重要なのだ。
でも、〈構造〉っていったい何なのだろうか。
それはもちろん、たくさんある。ものごとにはさまざまな〈構造〉が存在しうる。ある〈構造〉とはけっきょくひとつのものの見方でしかなく、別の〈構造〉がまったく違う説明を与えることもめずらしくない。そう、つまり具体的な個々の〈構造〉も〈具体性〉を帯びているわけで、それはときに〈偏見〉を生み出すこともあるのだろう。
だから〈抽象化〉の出番となる。
たとえば〈1の次の数は2〉という〈構造〉について、思い切った〈抽象化〉を試みてみる。この短い文章をできるだけ記号的に書くとすれば、このようになるかもしれない。
1 ───→ 2
ある数 〈操作〉 ある数
(1という)ある数がある。それに対してある操作(その次の数)を施すと、(2という)ある数が現れる。
ある数・操作・ある数という一連のプロセス。それがこの短い文章の持つ〈構造〉(の、ひとつ)だ。そしてこの〈ある数・操作・ある数〉というプロセスは、数学の世界においても特に重要なポジションを占める。だから数学的にこのプロセスには固有の名前が与えられている。
それは〈演算〉と呼ばれる重要な概念なのだ。
〈演算〉は例えば、次のように定義づけることができる。
【演算とは、〈ある数〉に〈特定の操作〉を施すことで〈ひとつの数〉を決定すること】
〈抽象的〉に用意された〈演算〉の概念が、どれだけ〈抽象的〉なものかを確認したい。
その前にまず、我々はまだ〈数〉というものを明確に説明していないことに注意する必要がある。
まだ〈具体的〉ではない、言い換えればひどく〈抽象的〉な存在だ。我々がふだん〈数〉として思い浮かべる概念でもいいし、まったくちがう概念を持ってきたとしても、この〈演算〉の概念は成立する可能性がある。そう、この〈演算〉は〈数〉でなくても成り立つのだ。
ふたつ例をあげよう。ひとつは〈色〉、もうひとつは〈言葉〉だ。
〈演算〉の定義を〈色〉で言い換える。すると、【演算とは、〈ある色〉に〈特定の操作〉を施すことで〈ひとつの色〉を決定すること】となる。ある色をある色に変える操作とは、なんだろうか?
例えば〈水で薄める〉。そうすれば、〈赤色〉は〈うすい赤色〉に変化する。あるいは〈青色を混ぜる〉。今度は〈赤色〉は〈紫色〉に変化する。〈うすい赤色〉も〈紫色〉も〈色〉のひとつだ。だからこのどちらのパターンでも、たしかに〈ある色〉が〈特定の操作〉によって〈ひとつの色〉を決定していることがわかる。
つまりこれも、〈演算〉(あるいは演算的なもの)だ。
つづいて〈言葉〉。【演算とは、〈ある言葉〉に〈特定の操作〉を施すことで〈ひとつの言葉〉を決定すること】。
〈あかいかわ〉という言葉の前に、〈すごい〉という言葉をつないでみよう。すると〈すごいあかいかわ〉という言葉が生まれる。これもたしかに言葉だ。さらにいえば、〈すごいあかいかわ〉にもう一度この操作を施せば、〈すごいすごいあかいかわ〉になる。違和感はあるものの(そしてこの言葉が事実を照らす保証はまったくないものの)、これも言葉であることには違いない。つまりこのプロセスは正しく〈演算〉ということになる。すごい。
状況を整理しよう。
特定のものごとを理解するために、〈抽象的〉な〈構造〉から考えることが役に立つ。
〈数〉の〈構造〉を考えるとき、その〈構造〉自体を〈抽象化〉することで〈演算〉という概念を導入できる。この〈演算〉は非常に〈抽象的〉なもので、我々がふだん〈数〉とは認識しないような概念をも、まるで〈数〉のように取り扱うことができてしまう。
我々は〈数〉から〈演算〉を導入した。次の終章では、この順序を逆転し、〈演算〉から〈数〉を導入することを目指す。
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