第25話

「それで、アイリスはどうなったんだ」

イリスは、あやめに尋ねた。

「もちろん!二人は偶然の出会いを果たして、恋に落ちて結婚したんだ」

「素敵だね。運命ってことだね」

二人は、にっこり笑い合った。更に、あやめが、話を続けた。

「アタイ、その日記を読んで気が付いたんだ。もしかしたら、アタイはアイリスの生まれ変わりなんじゃないかって。そう考えると、アタイとイリスがそっくりなのも当然だろう。しかも、アタイの祖先が魔族なら、アタイも、頑張れば魔法が使えるはずだ。そう思ったら、めっちゃくちゃやる気が出てきたんだ」

「そうかぁ、そうなんだね。頑張ってね!でさぁ、あやめ。キャンプのことなんだけど…、ごめんね。私が行くことになって、あやめが研修会なんて、最悪だよね」

「いいよ。研修会で集中的に魔エキを飲んで、しかもしっかり魔法の練習もできるんだから、チャンスだと思ってる」

あやめは、クレープの包み紙を、ギュッと握りつぶし、その手を突き上げ

「絶対に、戻すぞ!」

と叫び声をあげた。近くを通りかかった親子が、驚いて振り向いたが、あやめは突き上げた手をそのままに、「戻すぞ!」と繰り返し叫んだ。イリスは、その横で黙った涙を必死に堪えていた。


 研修会当日の朝、あやめは快晴の空を見上げて、イリスがキャンプを楽しんでくることを心から願った。目を閉じると、小さい頃近所のお姉さんが話してくれた、キャンプファイヤーの天まで届くようだという炎が頭に浮かぶ。それと同時に満天の星。

(きっとイリスが、喜んで話を聞かせてくれるよな)

「あやめ、そろそろ時間だよ」

カンナの声にせかされ、あやめは、スーツケースを引っ張って、大広間のテラスから魔法空間へと足を踏み入れた。

 ダリアから、頭に『研修会』という言葉を思い浮かべると、数歩も進まないうち研修所に着くと教えられた。その通り、研修所にはあっという間に到着した。

 一面の花に埋め尽くされた庭園の先に、洋館風のレンガ造りの五階建ての建物が二棟。二階と四階部分に渡り廊下があり、互いの建物が繋がっている。花壇の中を縫うように造られたレンガの通路を、あやめは花の香りを楽しみながら進んだ。

(緊張してたけど、この花の匂いで落ち着いてきたな)

 研修所のピロティには、すでに魔族の子どもたちがそれぞれのグループを作っていた。ベンチに腰かける者たちや、中庭の芝生に座り込んで、おしゃべりを楽しんでいる者たちもいる。その中で、ダリアが手を振っている姿を、あやめは見つけた。

「遅かったね。逃げ出したんじゃないかって、デイジーが心配していたよ」

アナベルが、あやめの手を引っ張ってそう言って笑った。

「まさか、もう子どもじゃないよ。これが済んだら、お泊り会だろ。楽しみにしてるよ」

ダリアは、あやめの耳元で

「何か困ったら、いつでも頼ってくれ。初めての研修会だもんな」

そう言って、にっこり笑った。


 その後、あやめは、ダリア・デイジー・アナベルの四人で、寝室になる部屋に移動した。研修所は、宿泊棟と研修棟の二棟からなる。宿泊棟は、四人一部屋になっているが、その部屋の広さは教室とほぼ同じくらい。厳しい研修中でも、ゆっくり休めるようにとの心遣いだと大人たちは言っている。

 研修は、朝から夜までびっしりと時間が組まれている。『魔族のおきて』は、基本中の基本で、魔族の憲法ともいえる。更に、『魔族の生活』や『魔族の道徳』。そういった勉強だけではなく、魔族の薬の調合の実習や、一族別に魔法の練習もある。それらは、魔族として成人する15歳までに、マスターしなければならない。そして、イリスが地獄だと言っていた濃縮魔エキを、一日三回。


「ああ、もうくたくただ」

四人はなだれ込むように、宿泊棟に戻った。

「やっと一日が終わったな」

それぞれがベッドに体を預けると、みな大きくため息をついた。

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