第24話
梅雨があけ、蒸し暑い日が続いているが、魔法空間は、快適な温度と湿度に保たれている。朝から、あやめはアイビーの書斎で、魔法の古い書物を広げていた。アイビーは、あやめの誕生日から一週間もしないうちに、魔族研修会の準備があると言って出かけていった。書斎の書物は、自由に見ても良いと、アイビーから許可はもらったが、
「あやめが、調べものをしたいなんて、地面から雪が降るんじゃないか」
カンナが、大笑いをしたが、
「それも、あるかもね」
と、真顔で答えたあやめの顔を見て、カンナは更に笑い続けていた。
(古い書物に、何かヒントがあるかもしれない)
時もどし関連の書物には、時間のゆがみが生じることは書かれているが、人と人が入れ替わったり、魔族でなくなったりするという記録はない。
「うん?何だ、これは…」
取り出した本の奥に、題名も書かれていない白い革の表紙の本があった。
終業式、あやめは気分転換をしようと、イリスに声をかけた。
「今日、あの雑貨屋に行かないか?」
「雑貨屋?ああ、あのショッピングモールの?良いよ。そういえば、プレゼント交換、してなかったね」
「うん。だから今日は、改めて買い物に行こう。あの日と同じように、児童公園で待ち合わせしよう」
涼しい店内は、子ども連れの家族の姿が多くみられる。が、雑貨屋には、人もまばらだった。
「イリスは、何が欲しいんだ?やっぱり、あの星のバレッタか?」
「うん、そうなんだけど…。ないんだよね、あの星がいっぱいついたの」
「そうか?店員にきいてみるか?」
あやめが店員を探しにいくと、イリスは気が付いた。
(あっ!あの店員だ!)
魔族だったイリスに対して、客とも思えない言葉遣いで接した挙句、イリスたちの魔法で痛い目にあった、あの店員だ。あやめの記憶には、ないようだ。
「星がいっぱいついたバレッタ、前にここにあったけど、今はもうないんんですか?」
あやめにしては、丁寧な言葉遣いだ。
(あやめ、その店員やばいよ)
「星のついた?そんなのあったかな?そこになければ、ないと思うよ」
「ちょっと前までありました。在庫とか、調べてくれませんか」
あやめがそう言うと、店員は軽く舌打ちをしたあと、
「ないものは、ないよ」
と言い捨て、他の品物を並べ始めた。
(ああ、やばい!あやめが、切れる…)
イリスが、そう思った瞬間だった。
「あっ、そうですか」
あやめの思いがけない返事が聞こえた。
「イリス、ないんだって。他の物じゃ、だめか?」
「いいけど…。あやめ、あの店員に切れるかと思った。よく、我慢できたね」
「ああ、あんなガキにいちいちカッカしてたって、時間の無駄だ」
「凄いね、あやめ。何か見違えるほど、立派な魔族になったじゃん」
イリスは、大きな星のついたバレッタを。あやめは、あの時と同じ砂時計を買って、交換した。
「あやめ、遅くなったけど、お誕生日おめでとう」
「イリス、おめでとう。それで、今日は、イリスに大事な話があるんだ。ちょっと座って話さないか」
「うん、クレープでも食べながらじゃ、だめ?」
ショッピングモール内の比較的人が少ないところを選んで、2人はクレープを食べながら、まずは互いの家の様子を報告しあった。
「へぇ、庭にバラを植えたんだ。いいんじゃないか。バラの匂い、アタイ好きだな」
「そうなんだね。パパ、あっという間に行っちゃったんだ。相変わらず、忙しいんだね。で、話って何?」
「アタイ、見つけっちゃんだ。おばあちゃんの日記を」
「おばあちゃんの日記?」
「うん。それで、アタイ考えたんだ。聞いてくれるか?」
パパの書斎の本棚の奥に、おばあちゃんの若い頃の日記があったんだ。アタイたちが戻るヒントがないかなって、悪いけど読ませてもらったよ。まぁ、死んじゃってるから許可なんてもらえないけどな。
結論から言うと、残念ながらヒントはなかった。でも、びっくりしたことが1つ。おばあちゃんには、妹がいたんだ。『アイリス』って名前で、歳はずいぶん離れていたみたいだ。で、そのアイリスが、人間の男に恋をしたんだ。もちろん、魔族が人間を好きになったって、歳の取り方が違うだろ。それに一年ごとに記憶が消されてしまう。当然、魔族と人間の結婚なんて、前代未聞。魔族のおきてに反する重大事件。一族から、猛反対された。それでも、アイリスはその男のことを忘れられず、ついに魔族をやめる決意をしたんだ。そこで、おばあちゃんが、人間になるための魔族の秘薬を作ったんだ。でも、その秘薬は、アイリスとその男の互いの記憶が消えてしまう副作用があるんだ。おばあちゃんは、秘薬を飲ませる前、最後にこう言ったそうだ。
「後悔しても、二度と魔族にはもどれないぞ。互いのことを忘れてしまうんだぞ。それでも飲むのか」と。でも、アイリスは、笑って言ったんだって
「大丈夫、もう一度アタイたちは出会って、そして恋に落ちるから」って。
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