第23話

「まぁ、仕方がないさ。こうなったら、楽しく誕生日会をやろう」

ダリアが、あやめとイリスの肩を抱いて、重苦しい空気を払おうとした。何も知らないデイジーとアナベルも、誕生日会を盛り上げてくれた。

 楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまう。みんなが帰ったあと、あやめは、自分の部屋に戻ると、今までこらえていた気持ちが爆発した。ベッドにうつ伏せになると、枕に顔をうずめて叫んだ。

「どうして!こんなに頑張っているんだぞ!もう、戻れないってことか!どうすりゃいいんだ!」

(泣いていても仕方がないことはわかってる。でも、今は泣くことしかできない)

そう思っていたあやめだったが、

(アタイより、イリスの方がずっと辛いはずだ。自分のせいで、こんなことになったって。うん、そうだ。泣いている時間はない)

ベッドから起き上がると、自分の手の平を見つめた。

(魔力が欲しい!もっと、強い魔力が)


 キャンプは8月1日から2泊3日。人間だったあやめが、どれほど楽しみにしていたことか。イリスは、キャンプの準備をしながら、胸が何度も痛んだ。

 あやめは、

「アタイは、家族でイタリア旅行だから、キャンプなんて行かないよ」

そうクラスのみんなには、笑って言っていた。が、本当は、魔族研修会が、同じく8月1日から3日間行われる。魔族だったイリスが、あれほど嫌がっていた研修会だ。

「地獄の3日間だよ。一日に3回も、魔エキを飲まされるんだよ。大丈夫なのか?」

イリスの心配をよそに、あやめは大丈夫と笑うだけ。学校でも、なかなか二人で話す時間がなくなってきた。休み時間は、キャンプファイヤーで行うグループの出し物の練習を行う時間になってしまったからだ。下校後も、あやめは魔法の練習の時間が惜しいと言う。


 引っ越しの荷物もほとんど片付き、いよいよ本腰で庭造りに取り掛かろう、智花はイリスに声をかけた。休日は、家族総出で庭の草取りをした。

(魔族の時は、家族でこんなことした覚えがないよ。庭は、いつもパパにお任せだったから)

「さて、花の苗、何がいいかなぁ。イリス、何が良い?」

そう言われて、イリスは気が付いた。

(あれ?私、花が好きだったっけ?)

「ええっと、バラ?バラが良いかな」

思いついたのは、バラだった。

「そうか、バラねぇ。いいんじゃないかな。ねぇ、お父さん。三人で苗、買いに行こうよ」

 梅雨の晴れ間の一日を使って、家族3人で苗を選び、庭造りを楽しんだ。イリスにとって、家族で行う作業は、楽しい時間だった。それは、もう元に戻らなくてもいいかもしれないと、一瞬思う時間でもあった。そう思うたびに、誕生日会で、あやめが必死に魔法を使おうとしていた、あの真剣な顔を思い出す。

(だめだよ、イリス。これは、うその家族なんだから)

「そういえば、あやめちゃんのパパって、造園家だったよね。あやめちゃんちの庭、どうだった?」

夕食の準備の手伝いをしていたイリスは、テーブルを拭きながら。きれいだったよとしか、答えられなかった。

「そういえば、宿題がまだ残っていたんだった」

そう言って、部屋に戻ろうとするイリスに、智花は声をかけた。

「イリス、あやめちゃんちの誕生日会のこと、あまり話してくれなかったよね。何か、あった?ずっと気になっていたんだけど、喧嘩でもしたの?」

「喧嘩なんてしてないよ。楽しかったよ」

「そう、それならいいけど。転校してきたときは、お友達もたくさんできたって、楽しそうだったから、安心してたのに」

「大丈夫だよ。ご飯までに、宿題済ませちゃうね」

(ごめん。心配かけて)

イリスは、心の中でしか謝れなかった。

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