第22話
転校二日目、登校したイリスに声をかけてきたのは、穂香だった。
「私、穂香。学級委員だから、何でも聞いてね。きのうは、あやめがイリスちゃんのこと独り占めだったから、みんな声をかけられなかったのよね。それにしても、今日はいつものあやめに戻っちゃってるね。あやめ、もう飽きちゃったのかな?」
「そうかな?何か、考え事でもしてるんじゃない?」
「違うよ。あやめは、いつもああして窓の外をみてるんだから。キャンプにも行かないんだよ。海外旅行に行くんだって。セレブなんだよ。凄いお屋敷に住んでるんだ。あっ、そうだ!イリスちゃんは、キャンプ行くよね!」
(キャンプかぁ。ちゃんと行けるんだろうか)
あやめは、今日行く予定にしているイリスの家(元はあやめの家)に行くことを考えていた。はじめの頃は、両親に会いたくて、隠れていつも泣いていた。が、魔法を身につけようと決意した日から、泣かなくなった。それどころか、泣くと言う感情がどんなものだったか、だんだん思い出せなくなった。ところが、今日は違う。母の智花の笑顔を思い出すと、胸の奥が痛む。久しぶりに会う智花に、どんな顔をして会えば良いのか。会いたくて仕方がなかった母に、会った瞬間抱きついてしまうかもしれない。母は、ホットケーキを焼いてくれるだろうか。甘い優しい味のホットケーキを口にしたとたん、泣いてしまうかもしれない。
雑草だらけの庭に戻っていた元の我が家に着くと、あやめの胸の奥がぎゅっと締め付けられる思いがした。智花は、あやめを見ただけで
「まぁ、本当に似てるわね」
という一言だけだった。自分の本当に娘だったとは、想像もしないだろう。あやめは、少しだけ寂しいおもいをしたが、智花は、思っていた通りホットケーキを焼いてくれた。
(間違いなく、アタイのお母さんだ。お母さんのホットケーキだ)
「あやめ、ごめんね。つらかったよね」
「お母さんが、アタイのことわかるわけがないことはわかってはいたけど、やっぱりショックだな。でも、元気そうなお母さんんに会えて、良かったよ。頑張って、早く魔力をつけるぞ!」
イリスは、涙をこらえながら何度もうなずいた。
「それで、来週の誕生日会、デイジーやアナベルにも来てもらって、同じ状況で魔法をつかってみようと思ってる。ただ、ダリアにだけは本当のことを話してある」
「わかったよ。今は、どれくらい戻せるようになった?」
「まだ、10分くらいなんだ。シオンに教えてもらって、イメージするのはずいぶん上達したと思う。それで、イリスは、7日の誕生日会は来るよな」
「うん、お母さんにも話したよ。チョコレートケーキを焼いてくれるって」
あの時は、チョコレートケーキを食べる前に、時間を戻してしまった。
「今度は、ケーキを食べてからもどろうな」
2人は、やっと笑顔になった。
7月7日、曇った空からは、今にも雨が降りだしそうだ。あやめの家(元はイリスの家)に到着したイリスを、デイジーとアナベルが歓迎してくれた。少し遅れて出てきたダリアの目は、何かを言いた気だったが、イリスは思わず視線をそらしてしまった。
そして、
「ようこそ、イリス!あやめのママの、カンナだよ。今日は、よく来てくれたね」
カンナが、満面の笑みをたたえていた。
(ママ、私だよ!)
心の中でそう叫んでも、カンナの目は、他人の子を見る目。誰かに心臓をぎゅっと掴まれたように、心が痛む。そして、最後のとどめは、アイビーだった。
「やぁ!イリス!ハッピーバースデー!」
いきなりアイビーに抱きしめられたイリスは、今度こそ掴まれた心臓が潰れそうなほど辛かった。
その後、しばらくして打ち合わせ通り、あやめの部屋に移動した。
「それで、相談って何だよ」
アナベルは、部屋に入るなりそう問いかけた。
「実は、親友のみんなに力を貸してもらいたいんだ。このイリスが、前の学校で友達とけんかになったんだ。そのけんかをなかったことにしたいそうなんだ。それで、アタイ、思わず言っちゃったんだ。魔法で、時をもどしてやるって」
デイジーとアナベルは、同時に悲鳴をあげた。
「それって、やばくないか!絶対にやばいぞ!」
デイジーが、ソファに倒れ込むと、アナベルも頭を抱えて隣に座った。
「さっき、みんな親友だって言っただろ。なぁ、力を貸してやろうよ」
ダリアだ。
「あやめから、この話を聞かされたときは、アタイもやばいって思ったよ。だけど、あやめが本気でイリスを助けたいって思いを、アタイも大事にしてあげたい。だから、デイジーにも、力を貸してあげて欲しい。イリスが、友達と仲直りできたら、イリスの記憶を消してくれ。できるか?」
「うん、大丈夫だと思うよ。一人の人間の記憶なら、アタイでもできるよ。でも、あやめ。あんた、時もどしの魔法ちゃんと使えるか?そっちの方が、アタイは心配だよ」
「多分、大丈夫だと思う」
4人は互いの顔を見合ったあと、にっこり笑った。
「アタイたちの親友のためだ!」
イリスは、そのやり取りを黙って見ていた。
(私の親友たちは、本当に心から信頼できる最高の子たちだ)
「さぁ、やるよ!イリス、アタイが合図したら、アタイの両手を握るんだよ。6月10日に、戻るよ」
イリスは、両手を前に差し出し人差し指と親指を立ててL字型にして、力を込めた。
「さぁ、イリス!アタイの手首を握るんだ!よし!目を閉じろ!」
イリスは、あの人同じようにあやめの両手首を握り、ゆっくり目を閉じた。
(あの日は、逆だったね。お願い!あやめ、頑張って!)
そう祈る思いだった。
あやめが、両手をゆっくり内側へ回した。イリスは、掴んでいたあやめの両手の感触がなくなったことに気が付いた。そして、ゆっくり目を開いて見えたのは、カンナだった。
「ようこそ、イリス!あやめのママの、カンナだよ。今日は、よく来てくれたね」
カンナが、満面の笑みをたたえていた。
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