第20話

 7月にはいると、梅雨開けかと思わせられる晴天が続いた。お陰で、引っ越しは思った以上に順調に進んだと、孝典も智花も互いに自分が『晴れ男(女)』だと機嫌が良い。イリスも、やっと自由にあやめに会えるようになると思うと、気持ちも晴れやかになった。

「明日から、新しい学校だね。新しい友達、すぐにできるといいね」

近頃、ずっとふさぎがちだったイリスのことが、両親は気がかりだった。転校がそれほど嫌なのかと尋ねてても、そうではないと答えるイリスに、どう接して良いのか悩んでいた。が、『明日から新しい学校』という言葉に、イリスは笑顔で反応してくれた。

「イリスのことだから、きっと大丈夫だ!」

孝典は、そう言ってイリスの頭を撫でた。優しい両親をだましているような気持ち

に、イリスは何度も襲われた。その度に、申し訳なく思うと同時に、アイビーやカンナの笑顔も思い出す。と、猛烈な寂しさに心が痛む。

(あやめも、きっと同じ思いをしてる)

そう思うことで、ほんの少し気持ちは楽になる。

 新しい自分の部屋は、あの日あやめに通された南向きの小さな部屋だ。開け放たれた窓から、あの日と同じ気持ちの良い風が吹き抜けていく。

(明日から、あの教室にまた通うんだ。うっとおしいって思ってた子たちだけど…不思議な気分だな)

懐かしいクラスメイトの顔が浮かんできた。


 担任の先生に続いて教室に入る前に、イリスは深呼吸をした。自分が一歩教室に入った瞬間、大騒ぎになる。あやめのとき、確かにそうだった。そして、あの日と同じ時間がスタートした。

「こらぁ!静かにしなさい!」

先生の声も届かない。

「先生!ヤバいよ!あやめに!」

男子が、立ち上がってそう言った瞬間、あやめに視線が移った。

(あの時は、私もあやめびっくりしたんだった)

が、今日は違う。イリスを見たあやめが、にっこり笑った。

「あやめが、笑ってる!」

一人の男子が、声をひっくり返して驚いていた。


 転入生は、休み時間になると、新しい同級生に囲まれて質問攻めにされるのがお決まり。だが、今回はイリスのすぐ隣の席に陣取ったのは、あやめが一人。少し離れたところから、イリスのことを心配そうに見守る他の同級生たち。

「お帰り、イリス!」

囁くように、あやめが言った。

「ねぇ、あやめ。みんなから嫌われてるの?」

「違うよ。みんなのことを、アタイが嫌ってるんだ。面倒なんだよな。あの騒がしいの」

口元を隠して、イリスは笑ってしまった。

(私も、こんなんだったんだ)

「今日、うちに来ないか?」

「そうだなぁ。今日は、まだ部屋の片づけが済んでいないから、明日で良い?それで、魔法の方は、どう?」

「ごめん。なかなか上達しない。シオンも一生懸命教えてくれているけど…。魔エキもまだ十分じゃないからかもしれないって」

「そうかぁ。それにしても、よくあんなにまずい物が飲めるね」

「まずくなんてないよ。ママに頼んで、濃いめの魔エキにしてもらったくらいだ」

それを聞いたイリスは、思わず吹き出した。

「マジ?凄いじゃない!凄すぎ!」

2人が笑顔で話をする様子をみて、クラスのみんなは不思議がっていた。


「ねぇ、一緒に帰らない?」

そう声をかけてくれたのは、舞子だった。あやめが、急いで教室を出ていく後姿が見えた。

(魔法の練習なんだね)

「あやめに好かれて、イリスちゃん大変だったね」

舞子の同情が、おかしかった。

「あやめって、友達がいないんだよね。いないって言うより、作らない?ってそんな感じ。話しかけようとすると、何でかなぁ凄く嫌な顔をするんだよね。そのあやめが、自分からイリスちゃんに声をかけたから、びっくりした」

「そうなんだぁ。でも、悪い子には見えないけどね」

イリスがそう言った瞬間、舞子は口をとがらせて反論した。

「もう、全然違うよ!怒らせると、マジ怖いんだから。ね!だから、あやめとはあまり仲良くしない方が良いと思うよ」

「ふうん、そうなんだ。顔が似てるから、親近感もったけどねぇ。そんなに怖いんだぁ」

イリスは、笑いそうになるのを必死に堪えていた。

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