第19話
「そうかぁ、良かったよ。和葉と仲直りできたなんて。凄いよ。イリスのおかげだ」
イリスを真ん中に、三人はそのまま藤棚の下のベンチに腰かけて、まずはここ数日のできごとを報告し合った。
「あやめこそ、頑張ったね。数分でも、時もどしができるようになったなんて。ホント、奇跡じゃない」
2人の話を聞いていたシオンは、あやめが話してきたことが真実だったことを確信した。
「ねぇ、あやめ。お父さんとお母さんに、会いたいよね?会っていく?」
「いや、やめておくよ。会いたいけど…。アタイのことを、何て説明するんだ?」
「ううんと、公園で仲良くなったって言うよ」
「フフフ…、そうかぁ。それも良いけど、やめておくよ。イリスこそ、パパやママに会いたいのに、行くのを我慢していたんだろう。それより、元に戻すことを相談しよう。今は、それが一番だ。シオンが、いろいろ調べてくれたんだ」
シオンにとって、イリスは初対面の女の子。
「初めまして、イリス。こうして、お前に会って、そっくりな2人が入れ替わったことが、信じられるようになたよ。で、オイラもいろいろ調べたんだけど、2人同時に時をもどしたから、2つの時間軸が生じてしまったんじゃないかって。その2つの軸に、何らかの力が加わって交差してしてしまった。そんなふうに、考えてみた。あやめが調べたとおり、大昔にそういう時空のずれが生じた記録はあった。けど、元にもどず方法は、どこにも書かれていなかったよ。でも、何も書いてないってことは、逆に考えれば、難しい話ではないかもしれないってことだ」
「そういうことだよな。アタイが、時もどしの魔法をマスターする。これしかないってことだ」
あやめは、頭を抱えた。たくさんの子どもたちの笑い声に交じって、どこからかピアノの音が聞こえてきた。日曜の、穏やかな時間だ。が、あやめとイリスの心は、ずっしり暗くて重い雲がたちこめた梅雨空のままだった。
「オイラも、あやめが早く時もどしの魔法が使えるように、力になるよ。魔法の練習にも付き合う。2人が、辛い思いをしていることは、よくわかったからな」
「本当?お願い!シオン、あやめを助けてあげて」
イリスがすがるような声で、シオンにお願いしている姿を見て、
「なぁ、イリス。アタイたち、性格まで何となく入れ替わってきたような気がしないか?」
「そういえば、いつの間にか自分のことを『アタイ』って言ってるよね、あやめ」
はじめのうちは、イリスは魔族らしく、あやめは人間の子らしかった。が、徐々に、イリスは普通の女の子ように誰にでも接するように。逆にあやめは、人との接触を面倒に思うようになってきた。
「こうしているうちに、元に戻れなくなるかもしれない…」
イリスの頬に、涙が流れるのを見たシオンは、
「大丈夫だよ。きっと大丈夫だ」
そう声をかけることしかできなかった。
「お母さんが心配するから、そろそろ帰るね」
イリスにそう言われ、あやめも心が痛んだ。
「うん。アタイも、ママが心配するから帰るよ。転校まで、あと一週間。アタイ、頑張るよ」
イリスを見送ると、シオンは思いがけないことを口にした。
「あやめ。もし元に戻らなかった場合、イリスはこの先人間として短い一生を終えるんだ。と、同時に魔族の存在を、記憶から消す必要がある」
それは、あやめにとって衝撃だった。
「あやめも、人間だった過去の記憶を消すべきだ。それはあやめのパパとママのためでもある」
あやめは、再びベンチに座りこんでしまった。ピアノの音も、子どもたちの声も、あやめの耳には入ってこなかった。
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