第18話

 イリスのお別れ会は、学級委員の梨乃が改めて石川先生に提案し、転校する前日の30日に行われることになった。

「みんなで寄せ書きを書こう」

という先生の意見にも、みんな素直に従った。が、和葉の心は、複雑な思いでいっぱいだった。イリスに、いじめっ子の烙印を押されたような気がしてならない。無視をしないと、みんなで約束をしたが、イリスは誰とも心を開かない。

(まだ、私のことを恨んでいる)

和葉には、そう思えた。

 イリスは、和葉との仲直りの方法を考えていた。転校してしまったら、2人の溝は永遠に埋められない。あやめのために、和葉と仲直りしたい。

(あやめだったら、どうするだろう)

和葉と、心を開いて話をすべきだ。が、あの『最低女』の一言だけは、許さない。

「ああ!もう、やんなってきた!」

授業中にも関わらず、イリスはつい叫んでしまった。先生もクラスメイトも、一斉にイリスに視線を注いだ。

「どうした?イリス。体調でも、悪いのか」

先生は、そうたずねた。が、本音は、次に何を言い出すのか不安でいっぱいだった。

「こんなに雨が続くと、体調も悪くなるよな。保健室に行こう」

「先生。私、みんなとちゃんと話し合いたい」

「話し合いたいって…。無視されなくなったんだろう。問題は、解決したんだろう」

先生の声は、上ずっていた。

「無視はされなくなったよ。だけど、転校する前に、ちゃんと…」

イリスがそう言いかけると、梨乃が

「それは、和葉とイリスの問題なんじゃない?みんなを巻き込むのは、やめて欲しいよね」

イリスの話を、中断した。

「確かに、そうだけど…。でも、そもそもの問題は、キャンプのグループ決めだよね。それが、おかしいんだよ」

イリスがそう言うと、先生が慌てて

「おかしい?おかしいって、どういうことなんだ?」

とつぶやきだした。

 イリスが、続けた。

「欠席している人がいるのに、グループを決めるなんて、おかしいよ。先生も、良くないかもしれないけど、誰も反対しなかったことが良くないんじゃないか。私も、先生が言うことだから仕方がないって思ったけど」

「それは、他のクラスがもうグループきめが済んでるって、先生が言ったから…」

そう梨乃が言いかけると、和葉が

「そうかもしれないけど、一日くらい遅れても良かったんじゃない?」

顔を真っ赤にしている。それに続けて、イリスが

「和葉、転校のこともちゃんと説明しなかったこと、ごめん。それから、和葉がいない時に、グループを決めちゃってごめん」

頭を下げた。すると、教室のあちらこちらで「イリスが謝ってる」「信じられない」そう呟く声が聞こえた。

(あれ?私が謝ることが、そんなに珍しい?)

イリスが、慌てふためいて教室を見渡す様子を見て、緊迫した空気が、ふわっと和らぎみんなの顔に笑顔が見えた。

「イリス、私こそごめん。転校していくのに、嫌な思いをさせて…」

和葉の一言が、みんなの拍手を誘った。

(よし!問題解決!『最低女』は忘れられる)

イリスは、心の中でガッツポーズをした。

「あやめ、次はお前が頑張る番だ!」


 日曜は朝から青空が広がり、あやめは、久しぶりにアイビー自慢の庭の花を眺めていた。微かな花の香りも、心地良い。

「あやめ、待たせたな。おお、相変わらず、あやめの家の庭は凄いなぁ。総長もしながら人間界では、造園家だろう。おまけに自分の家の庭の手入れまで…。アイビーってすごいよな」

「シオン、来てくれてありがとう。それで、何か良い方法はみつかったか?」

「うん、いろいろ調べてみたけどね…」

「そうかぁ、歩きながら聞かせてくれ」

 二人は、イリスとの待ち合わせの児童公園に向かった。雨に洗われた街路樹を見上げながら、こうしてシオンと街の中を歩くのは初めてだと気が付いた。

「人間が魔族になったなんて記録はないよ。なぁ、あやめ。もう一度聞くけど、本当にあやめは、人間だったのか?」

「信じろって言う方が、無理かもしれない。でも、本当にアタイは、人間だった。それで、今から会うイリスが、元は魔族だったんだ」

そう言いながら、あやめは懐かしい両親の顔を思い出した。今は、イリスの両親になっている。イリスとは、児童公園で会う約束をしていたが、両親に会いたいという強い思いが湧いてきた。

(お母さんに会いたいって言ったら、イリス、何て言うだろう。きっとイリスだって、パパやママに会いたいだろうから…)

 児童公園は、僅かな梅雨の晴れ間を楽しもうと、たくさんの子どもたちがいた。滑り台には、順番待ちの子供の列もできている。はしゃぐ子供たちの中、たった一人、藤棚の下のベンチに腰かけているのは。

「イリス!」

あやめの声に顔をあげたイリスを見たシオンは、驚いて二人の顔を見比べていた。

そんなシオンに構うことなく、あやめはイリスの元に駆け寄った。

 微笑み合う二人の目に涙が浮かんできた。

「あやめ、本当にごめん」

そう言いかけたイリスを、あやめは優しく抱きしめた。



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