第17話

 魔族としての生活にも、少しずつ慣れてきたあやめは、イリスに言われた通り、魔法の練習に励んでいた。カンナが驚くほど、魔法の勉強もした。が、なかなか思うように『時もどし』はできない。イリスが転校してくるまで、2週間に迫り、気持ちが焦る中、クラスメイトの変化に、あやめは気が付いた。

「おはよう!あやめ」

朝は、みんなが声をかけてくれるようになった。時間が戻ったときは、イリスと同じように少し距離を置かれていた。が、いつの間にか、普通に話しかけられるようになった。

 同じように、イリスも感じていた。

(最初は和葉に言われて無視してるのかと思ったけど、無視とは違う。前の学校と同じように避けられてる)

教室の一番後ろの席で、頬杖をつきながら窓の外を眺めていたイリスは、

(そうだ!こういう態度がいけないんだ。あやめは、こんなことしないぞ)

そう気づいた。

(でも、そう言ってもなぁ。この性格は、なかなか変わらないぞ)


「イリス、今度の日曜に、新しい家に行くけど、一緒に行く?」

智花からそう言われた瞬間、食べていたポテトチップスがのどにつかえそうになった。

「本当?行く!行く!絶対に行く!」

「そんなに嬉しい?良かったわ。最近のイリス、元気がないから。そんなに転校が嫌なのかなぁって、お父さんと心配していたのよね」

 引っ越しの片付けが忙しい智花は、おやつにポテトチップスを袋ごとイリスに渡すようになっていた。初めは珍しいお菓子に、イリスも喜んでいた。が、本音は、あのホットケーキが食べたいと思っていた。その飽き飽きしていたポテトチップスも、

(今日は、美味しいぞ!)

そう思うくらい、気分が上がった。


 イリスとの連絡は、カンナの携帯電話を借りて、週に2・3度とっていた。

「以前のママだったら、携帯電話なんか貸してはくれなかったと思うよ。ママも変わったね。まぁ、も、電話する相手がいなかったからね」

が、魔エキをちゃんと飲んで、勉強もちゃんとしてるから機嫌が良いんだ。で、今度の日曜日だね。わかった!必ず、あの家に行くよ。でも、大丈夫かな?お母さんたち、に会っても」

「うん、たぶん大丈夫だと思う。それより、シオンには会えた?」

「うん、明日来てくれるって。魔法空間って本当に便利だよね。すぐ行けるもん」

「そうか、明日か。日曜日も一緒に来てくれるかなぁ」

「わかったよ。頼んでみる。新しい家に一緒に行ってもらうよ」

シオンは、時もどしの一族で、イリスの従兄にあたる。歳は、5歳上になり、イリスの相談相手としていつも頼りにしてきた。

「シオンが、信じてくれるかどうか…。でも小さい頃からいつもの味方をしてくれたシオンだ。明日、ちゃんと話をしてね。頼むね、あやめ」


 シオンは、大広間の桜が見える窓から顔を出した。桜の花のような、優しい笑顔だ。薄い藤色のシャツと、白いパンツが白い肌によく似合っている。

「あやめ!来たよ」

「シオン、ありがとう。急なお願いきいてくれて」

「今日の勉強は終わったのか?」

「うん、大丈夫。今日、シオンが来るって言ったら、今日の分は明日にしようって。最近のママ、優しいんだ。それで、話はの部屋で」

あやめの部屋は、久しぶりだと、シオンはにっこり笑った。


「信じてもらえないかもしれないけど、今から話すことは、全て本当のことだ」

そう前置きして、あやめは、転校してきてからのことから、順をおって話した。

「お願いだ、シオン。アタイたちを助けてくれ」

最後まで黙って聞いていたシオンだったが、表情はだんだん険しくなってきた。

「今、オイラの目の前にいるのは、元は魔族じゃなかったあやめ、っていうことなんだな。信じられないけど、あやめが嘘を言っているとは思えない。で、イリスっていう元は魔族だった子は、今はあやめの元の人間の家族と暮らしているってことか」

独り言のようにつぶやきながら、シオンは目を閉じてしばらく考え込んでいた。

「これは、オイラ一人で、何とかできることじゃない。大人の力を借りなきゃだめかもしれない」

「お願いだ、シオン。今度の日曜日、イリスに会うんだ。それまでに、何か方法を考えてくれないか」

「時がもどっただけなら、時間が過ぎるのを待つだけで済むけど…。日曜日か…。とにかく考えてみるよ。でも、まだ信じられないよ。魔族じゃなかったって言ってるけど、もしそれが本当なら、魔法が使えるようになるなんて」

シオンにそう言われて、あやめはここで試してみることにした。

「イリスとの約束で、毎日、めっちゃくちゃ練習したんだ。アタイ、やってみるよ」

立ち上がったあやめは、両手の人差し指と親指をL字型にし、1分前のシオンが目を閉じて考えている姿を頭に思い浮かべた。そして、両手のL字型をゆっくり内側に傾けた。

「これは、オイラ一人で、何とかできることじゃない。大人の力を借りなきゃだめかもしれない」

そう言ったシオン自身が、驚いてあやめの顔をみた。時もどしの一族だからこそ、それが分かった。

「あやめが、戻したのか?」

「うん」

「元は人間だったって言うあやめが?ありえない。元々、あやめは魔族なんだから、このくらいの時もどしは、簡単にできるはずだ。ああ!わからなくなってきたぞ!どうして、魔族じゃなかったなんて言うんだ!あやめ、お前は魔族だ!」

「ちょっと落ち着いてくれ。アタイは、間違いなく人間だったんだ。イリスが使った魔法が、時空の狂いを生んだんだ。アタイ、魔族の古い本で、たくさん調べたんだ。そういう不思議なことが、大昔起きたことがあった記録は残っているんだ。ただ、そういうことがあったってことだけで、どうしたら元にもどるかは書かれていない。シオン、とにかく今度の日曜日、一緒にイリスに会って欲しいんだ」


 シオンは、最後まで笑顔になることはなかった。

「おや?シオン、もう帰るのかい」

カンナにそう問われても、その声はシオンには届かない。

「何だ?あやめ、シオンとけんかでもしたのか?珍しいことがあるなぁ」

シオンの姿は、桜の花の中に消えていった。

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