第15話

「みんなも知ってると思うけど、イリスが今月いっぱいで転校していく。で、来週の総合の時間でお別れ会をしよ…」

担任の石川先生が、そう切り出した。が、最後まで言い終わらないうちに、

「そんな時間、ないと思いまぁす!それより、キャンプのグループの出し物の話し合いがしたいよね」

和葉が、そう問いかけた。みんな、互いの顔を見ながら、どう答えて良いか迷っているようだ。

「お別れ会するくらいの時間、ある…」

再び先生の言葉にかぶせるように、別の女子がリズムを付けながら放った一言

「ありませぇん」

に、笑いが起こった。

(こうやってあやめをいじめたんだ。それにしても、あの担任、だらしないな!)

「先生!アタイは、お別れ会なんてやってもらわなくていい!それより、いじめについて話し合いたい」

イリスの一言で、教室がざわついた。梅雨のじめついた空気が、教室内の雰囲気をさらに重くさせる。『いじめ』の一言が、先生の顔から血の気を引かせた。

 イリスは立ち上がって、あやめのことを思い出しながら話し始めた。

「アタイは、平気だよ。みんなに無視されたって、酷い言葉を言われたって。でも、こんなことをされて、深く心を傷つけられる子もいるんだ。立ち直ったように見えても、ちょっとしたきっかけで、涙があふれたりするんだ。そういうことわかってて、いじめをしてるのか?いじめをしているのを、見て見ぬふりしてるんか?」

ぎゅっと奥歯を噛み締める子もいれば、うつむく子もいる。知らないふりして、窓の外に視線を移す子もいる。

「そうやって何もなかったことにするんだな。でも、自分でしたことは、自分が一番よくわかってるよな。一生後悔するかもな!」

お腹の底から湧き出る怒りを、イリスは感じていた。

(やばい!怒りのコントロールができない)

こういう状態のとき、魔族のイリスは、目が吊り上がり、耳が大きくなって揺れる。一番の問題は、驚くほど顔面が真っ青になる。はずが、呼吸がやや乱れるだけ、目も耳も何の変化はない。

(アタイ、ちょっと大人になったのかな?)

 そのとき、終業のチャイムが鳴りだした。

「おお、チャイムだ。このことについては、来週の道徳の時間を使って話をしような」

先生の一言で、イリス以外の女子たちは、解放された気分になった。

(まったく、何が道徳だ!)


 急いで下校したイリスは、自分の部屋に籠って『時もどし』の魔法をやってみた。が、何度やっても1分前に戻ることも、数秒前に戻ることさえもできない。

(アタイ、人間になったんだ。どうしよう…。魔族の友達とも、会えなくなるのか…。それより、もうパパやママとも会えないのか?あやめは、どうしてるんだ。やばいぞ、どうしよう)

涙など、もう何年の流したことはなかった。今回だけは、どれほど後悔してもしきれない。ただ、泣くことしかできない自分も、腹立たしい。

(アタイが、ちゃんと魔エキを飲まなかったからだろうか。でも、どうしてこんなことになったんだ)

「イリス!梨乃ちゃんから、電話だよ」

智花の声に、イリスは涙を慌ててぬぐった。

(梨乃?うん?何の用だ?)

気持ちを落ち着けようと、一つ深呼吸をした。


 公園まで来て欲しいという梨乃の言葉に、イリスは返事を迷った。魔族なら、何があっても負けない自信があった。が、今は普通の女の子と変わらないことを、思い知らされたばかり。だが、後には引けない。

(よし!直接対決だ!)

 団地のすぐ裏手に、公園がある。あやめと待ち合わせた児童公園とも、良く似ている。そこで待っていると、梨乃は言った。雨が降り出しそうなので、智花から傘を持って行くように言われた。可愛い花柄だ。

(あやめに似合いそうな傘だな)

そう思うと、イリスの心は落ち着いてきた。


 公園には、梨乃と和葉、そして他にも5・6人の女子がいた。

(やばいな!こんなにたくさんいたら、負けるぞ)

傘を握る手に、思わず力が入った。

「こんなにたくさんで、アタイをどうするんだ」

できるだけ落ち着いて言ったつもりだったが、どうしても最後の『どうするんだ』の一言に、力が入ってしまった。ぎゅっと握られた和葉のこぶしが、目に入ったからだ。

「和葉とイリス、ちゃんと話し合ったほうが良いって、みんなで相談したんだ。元々は和葉とイリスの問題だったよね。私たち、二人の話し合いを、ここで見てるだけ。証人だよ。どっちにも味方しない」

そう言ったのは、梨乃だった。

(こいつ、あやめとも仲良かったはずだ。確か、学級委員だな。こいつも、あやめをいじめていたって。自分の立場が危うくなると、さっさと手を引こうってことか。信用できないな)

「わかった。ただし、アタイは自分が悪いなんて、これっぽっちも思っていないことだけは、先に言っておくよ」

イリスの言葉に、和葉の目つきは、一気に悪くなった。

「よくもそんなことが、言えるね。同じグループに入れてあげようとしただけでも、感謝して欲しいくらいだ。いつもはっきりしない態度で、イライラするんだ」

(あやめから聞いていた話と、少し違うな。凄く仲が良かったって…)

「そういうことか。ああ、もう面倒だ。けんかをするつもりで来たのか?これ以上、話す気はないな。アタイは、帰るよ」

そう言って、帰ろうとするイリスの腕をつかんだのは、柚子だった。

「イリス、ごめん。私が、悪いんだ。和葉にちゃんと説明できないだろなぁ、ってわかっていたのに…。私、何もしなかった」

イリスの腕に、雨粒が落ちてきた。見上げた空には、真っ黒な雨雲が流れ込んでいた。

「もういいよ。雨が降ってきたから、帰ろう。みんなも早く帰った方がいい」

柚子は、掴んだ腕を放そうとしない。

「お願い、イリス。転校する前に、和葉と仲直りして!」

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