第14話
イリスは、慣れない団地の狭い階段を降りると、背中からドンと押されて、前のめりになった。
「危ないじゃないか!しょうへい!」
坊主頭で、日に焼けた男の子だった。が、イリスは何となくその男の子の名前が、頭に浮かんだ。
「ぼうっとしているイリスが悪いんだ。早くしないと集合時間に遅れるぞ!」
そう言って翔平は、イリスを追い抜いて駆けていった。
(やっぱり『しょうへい』っていうんだ)
集合場所も通学路も、登校途中の見守りのおじいさんやおばあさんの顔も、見覚えがあった。
(あやめの記憶なのか?何で、こんな不思議なことが…。アタイの魔法が、とんでもないことになった。あやめ、大丈夫かな。どうしよう…)
学校も、見覚えがあった。教室に入ると、それまでおしゃべりをしていた女子たちが、急に口をつぐんだ。
(アタイの席は、一番後ろだった気がするな)
イリスが机の間を通り抜けようとすると、その近くにいた女子たちは、イリスを避けるように立ち去っていく。
(これがイジメってやつか。人間って、本当にくだらないことをするんだな。こんなことして何が楽しいんだろう)
声こそ出さなかったが、イリスは思わず笑ってしまった。
あやめは、学校に着くとイリスの席に座った。クラスメイトたちは、今までイリスに接していたように、あやめに対しても少し距離を取っている。
(前の学校で無視されてたから、こんなの何でもないや。まだ、良い方だよね)
と思いながらも、急に涙があふれてきた。みんなの冷たい態度も、自分が今置かれて状況も、不安しかない。慌てて両手で顔を覆ったが、涙は止まらない。すると、
「あやめ、おはよう!」
と声をかけてくれたのは、学級委員の穂香だった。慌てて涙をぬぐったが、穂香はあやめの涙に気が付いた。イリスにも、時々声をかけていたのは知っていたが、穂香の優しい気持ちが嬉しかった。
「大丈夫?あやめ。誰かに、何か言われたの?」
「違うよ、大丈夫。ありがとう、気にしてくれて」
そう答えた瞬間、穂香が不思議そうな顔をした。
(あっ!そうか。今までイリスは、こんな話し方しなかったもんね。こっちのでは、イリスみたいにぶっきらぼうに話さないとみんな不思議がるかな)
「本当に、何でもないんだ」
「そう?なら、良いけど。それでさぁ、キャンプって行くの?行かないの?グループ決めまでに、はっきりしてないと…」
『グループ決め』の一言が、あやめの心に突き刺さった。
「う、うん。わかった。もうちょっと待ってくれるかな」
(イリスが、もし私の代わりになっているとしたら…。あの学校に行ってるのかな。今頃どうしてるんだろう)
一日を何とかやり過ごしたあやめは、急いでイリスの家に戻った。玄関から入ると、その豪華さにやはり圧倒される。急いで自分の部屋に戻り、部屋の中の物を確かめた。いろいろな物の見覚えはある。
(デイジーやダリア、アナベルは、もちろん覚えている。そのほかにも、同じ時もどしの一族のシオンや、親戚の人たちの顔も何となくわかるわ)
「あやめ!帰ってるんだろう。さぁ、勉強だよ」
カンナの声が聞こえた。
大広間に入ると、カンナが真っ赤な魔エキが入ったボトルを持って立っていた。
「さぁ、あやめ。今日こそは、ちゃんと飲むんだよ」
カンナはテーブルに置かれたきれいなグラスに、魔エキを注いだ。
「これを、飲むの?」
(ワイン?まさか、人間の血?じゃないよね。ドラキュラじゃあるまいし)
「何を今さら言ってるんだ。これを飲んだら、さぁ勉強だよ!早くお飲み!」
カンナにじっと睨まれたあやめは、緊張しながらもグラスに口をつけた。
(うん?何の匂いだろう)
そう思いながらも、一気に飲み干した。
(あれ?結構美味しいじゃない。しかも、良い匂いが、口の中にふわっと広がって)
カンナが、驚いてみている。その顔がおかしかったが、あやめは笑いをこらえて
「さぁ、勉強しよう!ママ!」
その一言も、カンナを驚かせた。
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