第11話

 7月7日、いつ雨が降り出してもおかしくない重たい雲が、空を覆い尽くしていた。が、あやめの気分は、快晴。待ちに待ったイリスと合同お誕生日会。イリスからは、親戚同然の友達が来るとしか聞いていないが、新しい友達ができる期待も、あやめの心を躍らせた。

「あやめは、転校慣れしてるから、すぐお友達ができるよね」

と、智花に言われていた。が、思ったことを、口に出せない性格が災いして、今までは心の内を話せる友達は、なかなかできなかった。

(本当に不思議なんだけど、イリスといると思ったことが言えるんだよね)

クラスメイトがイリスのことを、いろいろ悪く言うときも、そんなことはないと言い切れるようになった。

(イリスは、とっても心の優しい子なのに…)

 イリスに渡された手書きの地図を手に、あやめはそんなことを考えながら歩いてきた。そして、目的地のイリスの家の前に着いて、あやめは言葉を失った。

(こ、これが、イリスの家?)

大きな門の奥に見えるのは、たくさんの木々に囲まれた外国のお城のような建物の屋根。

(マジ?セレブって、みんなが言ってたけど。マジのセレブ?)

どこかにインターホンがないかと探していると、門が音をたてて勝手に開いた。驚いて開く門を見ていると、

「あやめ、良かった!迷わなかったか?}

門の中から、イリスが飛び出してきた。

「す、凄いおうちで、びっくりした」

「凄くなんかないよ。ちょっと大きいだけだ。さぁ、もうみんな来てるんだ。早く行こう!」

 門の外からは見えなかったが、庭にはたくさんの花が咲き香っていた。

「お庭も、凄くきれい!イリスのお父さん、造園家だったよね。マジ、凄い!」

「そうか?アタイには、花だか雑草だかわかんない。興味ないからな」

花壇を縫うように造られたレンガ敷の通路を通り抜けると、その家の大きさにますます圧倒された。あやめは、急に緊張感に襲われた。

(イリスの友達って、もしかしたらみんなセレブ?やばいよ。私なんか場違いかも)

そう思った瞬間、玄関の大きな扉が突然開くと、中からデイジーとアナベルが飛び出してきた。

「あんたが、あやめか?」

その勢いに驚いて、あやめはしりもちをついてしまった。

「ちょっと!急に出てくるなよ!あやめが、驚いてるじゃないか!大丈夫か?あやめ」

イリスに手を引っ張られて立ち上がったあやめは、引きつった笑顔で答えた。

「は、はじめまして…。町田あやめです。あ、あの…今日は…」

「アタイは、デイジー。で、こっちがアナベル!本当に二人、そっくりだ」

二人の笑顔に、少し緊張が和らいだあやめだったが、自分の服を改めて見直した。いつもと変わらないTシャツとデニムのショートパンツのあやめに対し、アナベルは透き通るような白い肌に、膝までの水色のノースリーブのワンピース。生地は、見るからに柔らかそうだ。瞳の色は、深い水色。デイジーも、同じような柔らかそうな白い生地のロング丈のワンピース。長い黒髪を、三つ編みで一つに束ねている。

(イリスは、いつもと同じ服装なのに、この子たちって、もっとセレブなの?どうしよう、私…)

すると、もう一人奥から出てきたのは、白いシャツと白いパンツをはいたダリアだった。栗色の長い巻き毛が、人形のようだ。

「あんたが、あやめか?アタイはダリア。今日から友達だ」

と、握手を求められた。

 戸惑っているあやめを更に驚かせたのは、

「ようこそ、あやめ。イリスのママのカンナだよ。今日は、よく来てくれたね」

真っ黒のドレスで出迎えてくれたカンナだった。イリスと同じ長い黒髪は、白い肌を更に白く見せている。

(きれいな人…)

「こ、こんにちは…えっと…」

あやめは、呼吸を整えながらやっと挨拶が言えたが、最後のとどめは、イリスのパパの登場だった。

「やぁ!あやめ!ハッピーバースデー!」

と叫ぶと、あやめをいきなりハグした。今まで出会った大人の中でも、ずば抜けて体が大きいうえに、金髪のアイビーに抱きかかえられたあやめは、今度こそ気を失いそうになった。

「もう、パパ!アタイの大事なあやめを、独り占めするつもりか!」

イリスの叫び声で、玄関での歓迎セレモニーが終了した。


 応接室に通されたあやめは、その部屋の豪華さに、ただ言葉もなく見渡すしかなかった。あやめのような子供が手を触れたら怒られそうな高級感たっぷりの、テーブルや椅子や棚。そのテーブルの上に、初めて見る燭台も何台も置かれている。

 智花から持たされた手作りのチョコレートケーキが、ずいぶんみすぼらしく感じたが、そんなみじめな気持ちはすぐに打ち消された。アナベルが、あやめの手を取って

「イリスの親友なんだから、あやめはアタイたちの親友だよ。イリスの初めての、にん…」

そこまで言って、口をつぐんだ。

「そうだよ。へそ曲がりイリスが、最近妙に素直になったのは、あやめのおかげだよ。イリスを、どうやって手なづけたんだ」

ダリアはそう言うと、あやめにウインクした。あやめは、自分のことを受け入れてくれていることを感じ、緊張感も薄らいできた。




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