第10話

 あやめの家に着くと、孝典が洗車をしていた。

「お父さん、ただいま。この子、イリス!ね!私に似てるでしょう」

「本当だ。こんにちは、イリスちゃん。確かに似ているけど、イリスちゃんの方が、可愛いかなぁ」

そう言われて、イリスは、あいさつもできなかった。イリスは、人間の大人と話をすることが苦手だった。特に『お世辞』とういうものには、なかなか慣れない。

「もう!二人とも、可愛いって言ってよ!ねぇ、イリス」

「ハハハ、悪い悪い。二人とも、可愛い可愛い。イリスちゃん、ゆっくりしていってね」

 家の中に入ると、今日も甘い匂いがした。

「お母さん、ただいま!イリスも、一緒だよ」

「お帰り!今、ちょうどクッキーが焼きあがったところ。凄い良いタイミングだわ。手を洗って、こっちにいらっしゃい」

キッチンから顔だけ出した智花が、笑顔で迎えてくれた。


「へぇ、誕生日まで一緒なんて、奇跡みたいだね。お買い物も、楽しかったんだね。良かったね」

孝典も加わって、4人でティータイムが始まった。

「じゃぁ、イリスちゃんのお父さんは、造園家で世界中を飛び回ってるんだ。凄いね」

孝典がそう言うと、

「ちっとも凄くなんかないよ。家にだって、全然帰って来ないんだ。アタイの誕生日だって、一緒に祝ったこと何年もないんだ。いいなぁ、あやめんちは、いつも楽しそうで」

イリスは、口をとがらせて不満を漏らした。

「そう、イリスちゃんさえ良かったら、いつでも遊びにおいでね」

「本当か?いつでも良いのか?」

「もちろん。あやめも、まだ新しい学校に慣れないから、仲良くしてあげて。そうだ、クッキーお土産に持って帰る?お母さん、食べてくださるかしら」

「良いのか?ママ、きっと喜ぶぞ!」


 帰宅したイリスを迎えたのは、パパのアイビーだった。

「うそ!信じらんない!パパ、いつ帰って来たんだ!」

「お帰り、イリス。長い間、留守にして悪かったね。ママから、聞いたぞ。人間の子と、仲良くなったって」

「そうなんだ。これ、その子のお母さんが作ったクッキーだ。ママと一緒に食べようよ」

 久しぶりの親子3人のティータイムで、イリスは、誕生日会にあやめも呼ぶことを、アイビーに話した。

「そうか、それは良いことだ。イリスが、人間の子と仲良くなれないことが、パパにはちょっと悩みだった。人間の社会でも、生きていかなければね。魔界だけでは、生活できなくなったからね。でも、気を付けるんだよ。イリスも、十分わかっていると思うけど、魔族だと言うことが、絶対にばれないように」

「うん、わかってる。パパ、ありがとう」

イリスは、そう言うとアイビーに抱きついた。そのイリスの頭を、優しく撫でながらアイビーは優しく言った。

「そこでだな。今日、帰ってきた理由はもう一つ。新しい魔エキを開発した」

そう聞くと、イリスはアイビーから、慌てて離れた。

「ママから、聞いたぞ。ここ最近は、吐き出すことが多いそうだな。今回の新しい魔エキは、かなり良くなったと思う。ママ、グラスを持ってきてくれないか」

アイビーが、大きな黒いカバンから、大きなボトルを取り出すと、イリスの顔が、大きくゆがんだ。

「何も、そんな顔をしなくても良いじゃないか」

「だって、酷いじゃないか!せっかく誕生日会のOKをもらって喜んでいたのに、一気に突き落とされた気分だ」

それを聞いたアイビーが、大きく笑った。その声は、家じゅうに大きく響き渡った。

 アイビーが注いだ魔エキのグラスを持ちあげたイリスは、鼻に近づけ匂いをかいだ。

「色は変わらないけど、匂いは、ちょっとだけ良くなった気がする」

「ちょっとだけか?まぁいい。飲んでごらん」

いつも通り、鼻をつまんで一気にのどの奥に流し込んだ。今日は、パパがいるからと、噴き出さないように努力したイリスだったが、やはり噴き出してしまった。

 慌ててタオルを差し出したカンナが、ため息をつくと、アイビーは、

「仕方がないなぁ。パパの力不足ってことか。また、研究所に戻って改良するよ。でも、今週はゆっくりイリスと過ごせるよ。イリスの誕生日を祝うために、休みを取ってきたから」

そう言って、イリスの頭を撫でた。

「ごめん、パパ。明日は、もう少し頑張って飲むよ。パパがいる間に、魔エキが飲めるようにしたい」

「本当にそうしてもらいたいよ」

カンナが、魔エキが飛び散った床を拭きながら、またため息をついた。

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