第9話

『記憶の一族』の魔族の子だ。まだ力の弱いデイジーは、相手の体に触れないと、魔力は及ばない。

「もう!イリスはいつも感情抑えられないんだから。良かったよ、後を付けてきて」

「だって、聞いてくれ!デイジー」

店員は、一瞬何が起こったのかわかっていない。いつの間にか、自分のすぐ後ろに立っているデイジーに驚いた顔をしたが、すぐ気を取り直したのか

「今日、店長休みなんで、明日もう一度来てくれる?」

と、また同じことを言い放った。が、さすがに今度は冷静に

「明日じゃダメなんだ。今日の誕生日プレゼントなんだ」

そう言えた。

「じゃぁ、しょうがないんで…代わりの物…何か、別の物ってことでダメかな。差額は、もらうけど」

その一言で、再びイリスの怒りのスイッチが入った。

(ああ!もう人間とは、付き合えない!)

イリスが、そう思った瞬間だった。店の隅に置いてある雑巾が入ったバケツから、水がだけがスポッと浮かび上がった。そして、バケツの形を残したまま店員の頭の上に飛んでくると、そのまま。

「キャー!」

凄い叫び声と共に、店員は頭からずぶ濡れになった。何が起こったのか理解できない店員の間の抜けた顔を見て、イリスとデイジーは、おなかがよじれそうなくらい笑った。

『水使いの一族』アナベルの仕業だった。パニックになっている店員の向こうに、アナベルがピースをしてにっこり笑っている。イリスもデイジーも、ピースで答えた。

 イリスとデイジー、そしてアナベルの三人は、大笑いしながらその場からスキップをするような気分で逃げ出した。もちろん、彼女たちの仕業だとは、店員も気付く訳がない。慌てて他の店員が駆け寄ってきて、逆に店内を水浸しにしたと叱られているようだった。

「イリスに付いていくと、楽しいことがあるかなぁって、アタイたちいつも期待してるんだ。今日も、楽しかったなぁ」

アナベルは、イリスとよく似て感情をあらわにする。感情むき出しにして、怒りのまま水をまき散らし、周囲の人を驚かすことも度々あった。人間に迷惑をかけたことが、パパたちに知られると、一年間の魔法禁止という罰則がある。今回も恐らく、アナベルは罰則を科せられるはずだ。

「アナベル、また魔法禁止だな」

「いいんだよ。あんなに面白いものが観られたんだからな」


 結果として、黒猫のグラスは手に入らなかった。そんなイリスを慰めようと、アナベルが、帰り道で

「ちょっと面白い話があるんだ」

と前置きをしてから、話を始めた。

「研修会に、今年は族長たちがアトラクションをするらしいんだ。アタイのパパが提案したらしいんだけど、それがおかしいんだ。パパたち、アタイたちにサプライズでしようって決めたくせにさぁ。『最近の子たちには、何がウケるんだろう』って聞くんだよ。おっかしいだろ。まぁ、パパってそういうところがあるんだ。抜けてるんだよ。だからさぁ、アタイ教えてあげたんだ。『今、魔族の子どもたちの間で、フレンチカンカンが流行ってる』って。まさか、本気にするなんて思わないだろ。なのに、パパたちマジで練習始めたんだ。もう、死にそうなくらい笑えたよ」

笑いをこらえながら話終えたアナベルに、デイジーが呆れかえって言った。

「フレンチカンカンって、もう百年近く昔に流行った踊りだろう。そんなものを見て喜ぶって、マジか?アナベルも随分ふざけたことを言ったな」

「だろう!マジ、笑える!」

大笑いするアナベルの横顔を見ながら、イリスもデイジーもあきれるしかなかった。

 手に入らなかったグラスは、

「イリスの魔エキ用のグラスに、ちょうど良いんじゃないかって思ったんだよ」

と、後からカンナに聞かされた。イリスは、笑うしかなかった。


 そんなことを思い出していたが、あの態度の悪い店員はいなかった。

(絶対、クビになったんだ。で、まさか、デイジーやアナベルが来てるってことはないよな)

そう思い周りを見回したが、二人の姿はなかった。

 あやめとイリスは、あれこれ楽しみながら交換用のプレゼントを選んだ。イリスは、たくさんの星が散りばめられたバレッタ。あやめは、

「これ、すごくかわいい!」

と迷うことなく選んだものは、ピンクの砂時計だった。

「そんな安いもので良いのか?」

「いいの!これが、一番いいの!一生大事にする!」

お互いの好きな色のリボンをラッピングしてもらい、そのままあやめの家に寄ることにした。

 

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