第6話

「遅くなってごめんね。おやつ、食べてね」

智花が、ホットケーキとオレンジジュースを持ってきた。

「何か、すごくいい匂いがするな。これは、何だ?」

「ホットケーキだよ。すごくおいしいから、食べてみて」

ホットケーキの名前は知っていても、口にしたことがなかったイリスは、甘い香りに迷うことなく口に運んだ。

「うん、すごく美味い!匂いも良いけど、味も良い。それに、何でこんなにふわふわなんだ」

「そう?良かった!イリスは、いつも家で、どんなおやつ食べてるの?」

「おやつか?うちは、食べない。ドリンクだけだ」

「へぇ、そうなんだ。飲み物だけで、おなかすかない?」

「いや、ドリンク飲んだら、何も食べられない」

そのドリンク(魔エキ)も、最近はほぼ噴き出している。飲み込んだとしても、しばらくはお腹の中から魔エキの匂いがしてくるようで、何も食べる気にならない。

「ジュースも、飲んでね」

あやめが、ジュースを差し出しながらたずねた。

「ドリンクって、イリスのお母さんが作ってくれるの?」

「いや、パパが作ってくれてる。体のために飲めって言われてるんだけど、本当はすごくまずいんだ。昨日も噴き出した」

イリスの今にも吐き出しそうなしかめっ面を見て、あやめはお腹を抱えて笑った。

「アハハ…。そんなにまずいんだぁ。かわいそうだね、イリス」

イリスも、つられて笑った。

「あやめも、一度飲んでみるか?あれは、地獄の飲み物だ!」

二人で大笑いしていると、智花がお皿を片付けにきた。

「すごく、美味しかった。あやめのお母さんは、お菓子作りの天才だ!」

イリスは、心からそう思った。

「やだぁ!天才は、ないわよ!フフフ…。ホットケーキくらいなら、誰でも作れるようになるわよ。良かったら、一緒に作ってみる?」

智花にそう言われて、イリスは小さく飛び跳ねて喜んだ。

「本当に?あやめ、良いのか?一緒に作れるのか?アタイにも、作れるのか?」


 あやめに、赤いエプロンを着けてもらった。

「本当にきれいなストレートの髪ね。つやつやの黒髪、本当に素敵だわ」

そう言って、智花がゴムで髪を束ねてくれた。

 あやめにボウルを抑えてもらい、粉と玉子と牛乳を混ぜ合わせるた。

「これが、あのふわふわのホットケーキになるのか?信じられないな。魔法みたいだ」

イリスの驚きの顔をみて、あやめも智花も笑いを必死に堪えた。

 イリスが初めて作ったホットケーキは、少し焦げてしまった。が、あやめは、手を叩いてほめた。

「イリス、すごい上手じゃない!初めてなんて思えないよ!」

「そうか?上手か?嬉しいなぁ。こんなに料理が楽しいとは、思わなかったなぁ。調理実習は、いつもガスの火加減しかしなかったからな」

「じゃぁ、今度のキャンプは、一緒においしいカレー作ろうね!」

 楽しい時間が続き、いつまでもイリスは帰ろうとしなかったが、

「また遊びに来なさい。遅くなると、お母さんが心配なさるわ。あやめ、公園まで送ってあげなさい」

智花に言われて、家に帰ることにした。


「随分遅かったね。人間の子と遊ぶなんて、どういう風のふきまわしだい?」

カンナに問われて、あやめの家でのことを話した。

「へぇ、そうなんだ。おまえも社会勉強ができて良かったよ。いずれは、人間界で仕事をすることもあるだろうから」

「うん、アタイもそう思った。今まで、人間の子供のことを馬鹿にしてきたけど、ちゃんと話をすれば良い子もいるよ」

 イリスは自分の部屋に戻って、キャンプに行くと約束を、カンナにどう話そうか悩んでいた。

(研修会に行かないって言ったら、どうなるんだろう。ママが許してくれるとは思えない。パパも、怒るよな。そもそもそんな魔族のきまりが、おかしいんだ。ちゃんと作戦を練ろう。絶対、キャンプに行きたい)

 イリスの部屋には、大きすぎる天蓋付きベッドがあり、部屋の中央に、テーブルを挟んでソファが二つ。大きな窓はあるものの、開けても一年中、ほぼ同じ春の景色。その窓際に大きな机が置かれている。イリスの家は、玄関を入ると広いホールが広がり、左手には応接室とそこにつながるダイニングルーム。ホールを挟んだ反対側には、接客室とサンルームがある。そこまでが、人間界に存在する建物になる。道路からは、たくさんの樹木の間からわずかに洋館が見えるだけ。人間界と接する部分とは違い、イリスの部屋や大広間などは、魔法空間にあるため、人間界とは全く違った空間と時間が流れている。

(あやめの部屋、本当に気持ちよかったなぁ。人間って良いなぁ)

イリスは、初めてそう思った。

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