第5話
「お母さん。イリスって、昨日話してた私に似ているって子、今日うちに遊びに来るんだけど。ちょっと良いお菓子ってある?」
「何?ちょっと良いお菓子って?」
「あのね、何かねぇセレブなんだって。ポテチなんて、食べたことないかもよ」
「何言ってるのよ。うちに来たら、うちのレベルのお菓子を食べてもらえばいいのよ」
智花にそう言われても、イリスがお菓子のことで怒り出したら、どうしようかと、少し不安な思いで、あやめは待ち合わせの児童公園へと向かった。
イリスは、ママのカンナに友達のところへ遊び行くと告げて家を出ようとした。
「おや?魔族の友達じゃないのか?」
「違うよ。人間の友達だ。だから、玄関から出かけるんだ」
魔族の友達とは、魔法空間を通ればどんなところでも、ほぼ10歩も歩かないうちに行き来ができる。その魔法空間へは、大広間のテラスが出入り口になっている。
「約束の時間に間に合わないから、もう行くよ!」
「ああ、人間の友達の家じゃあ、時間がかかるね。帰ったら、魔エキだけは飲むんだよ」
カンナの不機嫌な声を背中で聞きながら、イリスは急いで玄関から飛び出していった。
(こんなに狭いんだ)
初めて人間の家に入ったイリスは、驚いた。が、そんな失礼なことを口にしてはいけないことぐらいは、イリスもわかっている。
「お邪魔します」
確かそう言わなければいいけないことを、研修会で学んだ記憶がある。
「はぁい!」
明るい声で、家の奥から出てきたのは、智花だった。
「こんにちは!まぁ、本当によく似てるわ!今日は、来てくれてありがとう。ゆっくり遊んで行ってね」
(あやめのママは、うちのママには似てないんだな)
「それにしても、箱ばかりだな」
「ごめんね。まだ、引っ越しの片付けが済んでないんだ。私の部屋には、もうないから大丈夫。私の部屋で遊ぼう!」
段ボールが積まれた狭い廊下を抜け、階段を上がった先のあやめの部屋は、イリスの部屋の四分の一以下。だが、南の開け放たれた窓からは、気持ちの良い風がレースのカーテンを揺らしながら入ってくる。
「何だか、気持ちの良い部屋だな」
「そう?初めてなのよ、庭のついたおうち。だから、すごく嬉しいんだ」
小さなベッドや机も、イリスにとっては初めて実際に目にするものだった。人間の生活を知るために、研修会で学んでいたが、
(こんなに小さいベッドで寝るんだな。アタイが寝たら、きっと落っこちるぞ」
目にするもの、全てが珍しい。
「まだ、全部片付いていないから、漫画だったらすぐに出せるよ。一緒に読む?」
「漫画?ああ、あの絵ばかりの本か…。それより、おまえと話がしたいな」
「私、『おまえ』じゃないよ。『あやめ』って呼んでよ。友達でしょ」
イリスは、その『友達』という言葉をとても居心地よく感じた。
「そうだな、ごめん。あやめだな。じゃぁ、あたいのことは『イリス』って呼んでくれ」
「うん、わかった。そうそう、イリス、キャンプには行かないんだって?海外旅行?いいね、どこ行くの?」
キャンプは、ちょうど研修会と同じ日になる。研修会がなくても、キャンプには行く気はないイリスは、担任の本山先生には、イタリア旅行へ行くと話してある。
「イタリアかぁ、良いなぁ。でも、キャンプも、すごく楽しんだよ。今日、学級委員の穂香から聞いたけど、前の学校とほとんど同じみたいでね」
「同じって?」
「みんなで、カレー作ったり、キャンプファイヤーしたり。で、肝だめしもあるんだって。前の学校のお姉さんから、聞いたんだけどね。キャンプファイヤーって、こんな大きなやぐらを組んで、炎が星空にゆらゆらと吸い込まれるようにきれいなんだって」
あやめは、大きく両腕を広げて、小さい頃近所のお姉さんが話して聞かせてくれた通りに、イリスに語って聞かせた。
「そうなんだぁ。キャンプファイヤーかぁ」
「そう!星が落ちてきそうなくらいきれいな星空を見上げて、みんなで歌を歌ったりするんだよ。今からすごく楽しみだけど…。新しい学校で、まだそんなに仲の良い子いないからさぁ、ちょっと寂しいなぁ」
「そうか、そんなにいいものなかぁ」
イリスはそう言って、しばらくうつむいたあと、きゅっと顔をあげた。
「大丈夫だ、アタイもキャンプに行くよ!あやめが行くなら、アタイも行くよ。あやめと友達になったんだ。一緒に、キャンプに行こう!キャンプファイヤーで、星空を見よう」
思いもよらないことを言った自分に、イリスは驚いた。
「本当?本当に?嬉しいなぁ!一緒のグループになれるといいね」
イリスが自分のことを思って、イタリヤ旅行をやめてまでキャンプに参加してくれることを、とても嬉しく思った。
「でも、イリスのうちの人たち、イリスが旅行に行かないって言ったら、悲しむんじゃない?」
「大丈夫だ。旅行なんていつでも行ける。あたいは、あやめとキャンプに行ってみたい!」
イリスは、心からそう思った。あやめも、その言葉がとても嬉しかった。
「ねぇ、イリス。今日から、私たち親友ね!」
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