第3話

 魔法の勉強にも飽き飽きしていたタイミングで、

「イリス!元気か?」

雪山の見えるテラスから声をかけたのは、幼馴染のダリア。

「おや?まだ勉強中か」

「ううん、もう終わるよ。ね、ママ。もういいだろう」

「しょうがないね。今日は時別だよ」

 やっと勉強から解放されたイリスは、ダリアの手を引いて、自分の部屋へと階段を駆け上がった。

「ダリア!ナイスだよ!助かったよ。それにしても、久しぶりだな」

「ああ、そうだね。相変わらずイリスは、魔族嫌いか?」

「そりゃそうだよ。だって、一族で使える魔法は一種類だけなのに、どうして毎日魔法の勉強をさせられるだ?他の魔法が使えるんなら、まだやる気が起こるんだけどな」

「仕方がないさ。魔族のルールなんだから。アタイなんて、魔法を使うことさえ禁止されてるんだよ」

ダリアは、『さとりの一族』。相手の心の声が聞こえる魔法。子どものうちは、力のコントロールがうまくできないという理由で、むやみに魔法を使うことは禁止されている。

「魔族だけの世界で生きていくことが難しくなったっていうことで、1000年くらい前から人間との関りを持つようになったっていうけどさぁ。まぁ、こんな時代だから、その判断は間違ってはいないとは思うけど…。なぁ、ダリア、あの学校ってやつ、50年くらい前からつまらなくなったって思わないか?暇つぶしにしちゃ、もうつまらないよ」

『記憶の一族』が、一年ごとに魔法をつかって、記憶を書き換える。同じ歳のイリスもダリアも、今年は10回目の小学5年生をやっていることになる。

「もう10回目になると、爆発しそうになるときないか?でも、最近は頭の中だけで眠るって技を開発したんだ。授業中なんて、誰にもばれないよ。魔族の中でも、こんな技をつかえるのはアタイだけだろうな」

「何言ってるんだ、イリス。アタイなんてもう何十年も前から、目を開けたまま眠れるよ」

二人で大笑いした後、ダリアからうれしい提案があった。

「今度の魔族研修が終わったら、みんなでお泊り会しようよ」

魔族研修会とは、年に一回、魔族の子どもたちが魔族のルールや人間との関わり方、魔族の薬の調合を学ぶ研修会だ。三日間、魔法空間の巨大な研修所からは、一歩たりとも出られないうえに、強力な『濃縮魔エキ』を、一日三回も飲まなくてはいけない。イリスにとっては、地獄の三日間である。

「ダリア、すごく嬉しいんだけどさぁ。それって、研修会の後じゃなきゃダメなのか?」

「そりゃあそうだ。お楽しみは、後で!そういうことだ」

お泊り会は、イリスが研修会を耐え抜いてもらいたいと、ダリアたち友達が考えた『イリス、頑張れ作戦』だった。

「毎年、イリス何度も研修所から抜け出そうとするだろ。なぁ、今年は、お泊り会を楽しみに最後までみんなで頑張ろうよ」

ダリアに叩かれた肩が、妙に重く感じたイリスは、小さくため息を漏らした。


 あやめは帰宅後、母の智花から新しい学校でもキャンプが行われること。そして、そのキャンプにあやめも参加できることを聞かされた。

「良かったじゃない。あやめ、楽しみにしてたもんね」

(でも、新しいクラスのグループに、ちゃんと入れるかどうか…)

不安ばかりが、あやめの頭の中を駆け巡る。

「それで、どう?新しい学校は」

「うん。いい学校だと思うよ。でね、私とそっくりな子がいてさぁ。教室に入ったとたん、大騒ぎになったんだ」

「へぇ、そんなに似てるの?」

「もう、びっくりだった。イリスって子なんだけどね。イリスは髪の毛が長いから、区別がつくわ。って言われたくらい。確かに似てるって思ったけど、何か、大人っぽいんだよね、雰囲気が」

「あらら、小学生なのに、大人っぽいなんて」

智花は笑いながら、荷物の片づけを始めた。

「あやめも、早くお部屋の片づけしちゃいなさいよ。庭の手入れが、どんどん先延ばしになっちゃうよ」

「はあぃ。宿題終わってからやりまぁす」

 あやめは、段ボールだらけの部屋に入ると、ランドセルを机の上に放り投げ、ベッドに寝転んだ。

(キャンプのこともだけど、イリスって子のこと、どうしよう。仲良くして、クラスではじかれたら…)

髪の毛を搔きむしりながら、明日からのことに思いを巡らせた。

(イリスが声をかけてきたら、無視する?だめだよなぁ、そんなことしちゃ。イリスが、何か嫌なことをしてきたわけでもないし。舞子の言うことだけを信じるのも、どうかと思うし)

あやめは、前の学校での嫌なできごとを思い出した。胸の奥のところが、ぎゅっと痛む。


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