第2話
「ねぇ、一緒に帰らない?」
そうあやめに声をかけたのは、本山先生から同じ通学団だと紹介された舞子だった。あれほどいろいろ声をかけてきたイリスは、すでに教室にはいない。
「あれ?あの…イリスちゃんは?」
「ああ、イリスね。あの子、授業が終わると誰よりも先にいなくなるんだよね。ホントにあっという間なんだよ。あやめちゃんも、イリスに好かれてとんでもないことになったね」
「いいよ、ちゃん付けじゃなくて。で、何?とんでもないって?」
二人はそのまま教室を後にして、家に向かった。
「イリスって、友達がいないのよ。ううん、いないっていうより作らない?ってそんな感じ。そばに寄ると、何かねぇすっごい嫌な顔するんだよね。そのイリスがさぁ、自分から話しかけるなんて、初めて見たよ」
「へぇ、そうなんだ。でも、悪い子には思えないけど…」
あやめがそう言った瞬間、舞子は、両手をバタバタさせて言った。
「もう、全然違うんだから!とにかく怒らせると、マジ怖いんだよ。だからさぁ、あやめ、あまり仲良くならない方が良いと思うよ。あっ!そんなこと、私が言ったなんて絶対に言わないでよ!」
「言わないよ。でも、そんなに怖いのかぁ。顔が似てるから、何となく良い子だなぁって思ったけど…」
あやめは、明日からイリスとどう接していいか頭を抱えた。
イリスは、初めて出会ったあやめに対して、なぜ好感を持ったのか、自分の部屋で改めて記憶の糸を手繰り寄せていた。
「あんなにアタイに似た子だもん、忘れるわけないよな。きっと、どこかで会ったはずだ」
ランドセルも背負ったまま、自分の部屋のソファに体を沈めていると、ママのカンナの声が聞こえた。
「イリス!勉強の時間だよ!早く来るんだ!」
(ああぁ、また勉強かぁ)
イリスは、大きくため息をついた。
部屋から出たイリスは、広くて長い廊下を重い足取りで進んだ。そして手すりに手をかけ、階段をゆっくり下りると、途中の踊り場で、再びため息を一つ着いた。階段を降り切った廊下の先に、両開きの大きな扉がある。たくさんの花が彫刻されたその扉を押し開けると、中央に大きくて長いテーブルと、それを挟んで両側に椅子が八脚ずつ並んでいる。部屋の広さは、教室二つ分ほど。正面にはテラスに続くガラスのドアがある。そこからは遠くに雪山が見える。その手前から右側に向けて、満開の桜の木。さらに、左手の窓からは、色とりどりのカエデやモミジ、イチョウの木々が見える。
「さぁ、イリス。ちゃんと飲むんだよ」
大きなテーブルの上に置かれたグラスに、カンナが真っ赤な液体を注いだ。
「ほうら、イリスが好きそうなグラスを用意したよ。なかなかのセンスだろう。さぁ、飲んでごらん」
大きくため息をついたイリスを見たカンナが、奥歯をぎゅっと噛み締めた。慌ててイリスは、グラスを掴むと、鼻をつまみ、できる限り味を感じないように、口を大きく開け、のどの奥の方へ流しこんだ。イリスが、長年かかって編み出した飲み方だったが、うまく飲み込めないとむせて噴き出すことが多い。ここ数日は、噴き出すことが多く、今日もまた「ゲホゲホ…」と、やってしまった。カンナも、あきれるしかない。
「どうして飲めないのかねぇ。ママの子どもの頃より、ずっと飲みやすくなっているのに。パパに、もっと改良してもらわなきゃだめなのかねぇ」
「わかってるよ。わかってるんだ。飲まなきゃいけないってことは。でも、どうしても体が受け付けないんだよ」
「仕方がないねぇ。まぁ、むせても、おそらく体の中には少しは入ってうだろうよ。明日は頑張るんだよ」
この真っ赤な液体は、通称『魔エキ』。魔族が成人するまで毎日飲まなけらばいけない『魔族による魔族のためのエキス』。イリスは、魔族の娘。『時もどしの一族』である。
「時間を戻したって、何の得があるんだろう」
これが、イリスの永遠の謎。
「ときには必要なこともあるよ。それより魔族として生き続けるるために『魔エキ』だけは、お飲み。じゃなきゃ、人間と同じ時間で死んじまうよ。小さい頃は結構平気で飲んでたのにねぇ」
カンナの一番の心配は、そこにある。毎日、そう言い続けてきたが、イリスはどんどん魔エキを受け付けなくなった。
「来週は、あんたの百歳の誕生日だろう。そろそろ魔族としての自覚を持ってほしいものだよ」
イリスのパパは、魔族の総長。魔族の世界では、魔エキを作る仕事をしている。魔エキを改良し飲みやすくしたことで、総長選挙では連続トップ当選。すでに、四期連続で総長を務め、『時もどしの一族』の誇りだと、一族から讃えられている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます