あやめとイリス

せりなずな

第1話

「どうしても、転校しなきゃいけないんだよね。絶対なんだよね」

どんなに抵抗しても、泣いてもわめいていも、望みは聞き入れてもらえないことは、過去2回の転校で、十分知っているが。

「どうして、夏休みの後じゃダメなの?」

「ごめんね、あやめ。ここの社宅、もう次の人が来月には入るのよ。だから、どうしても今月中に引っ越ししなくちゃいけないわけよ」

 五年生の夏休みに行われるキャンプを、ずっと前から楽しみにしていた。三年生で転入してきたばかりのあやめに、同じ団地に住む上級生のお姉さんが、身振り手振りで話して聞かせてくれたキャンプ。あの日から、どれほど楽しみにしてきたか。あのお姉さんの「めちゃくちゃ楽しかったなぁ」の言葉が頭に蘇ると、あやめの目からは涙があふれて止まらなくなった。そのあやめの背を優しくさする母の智花は、かける言葉が見つからなかった。


 新しい社宅は、あやめの念願の小さな庭のついた一戸建ての住宅だった。あやめは、二階の南向きの部屋をもらえ、転校のトラブルで傷ついた心の痛みも、ほんの少し癒された。

「見れば見るほど、すごい雑草だな。前の人、ほったらかしだったんだなぁ」

カーテンをつけながら、父の孝典がため息を漏らした。

「本当にすごいね。でも、家族三人でやれば、狭い庭だもん。すぐにきれいになるよ。ね、お父さんもお休みには、草取り手伝ってよ。ねぇ、何のお花植えよっか、あやめ」

「ううん、何がいかなぁ。ねぇ、いつお花の苗、買いに行く?」

「そうだねぇ。それより、まずは荷物の片付けが済まないとだよ。それが済んだら、草取りでしょ。お花を買いに行くのは、まだまだ先かな」



 新しい学校は、家から歩いて10分ほどの住宅街の中だった。教室に入るときは、3回目の転校とはいえ、やはり緊張する。あやめは、担任の先生に続いて教室に入る前に、一つ大きく新呼吸をした。自分が一歩教室に入った瞬間、視線を集め、その後暫くは子どもたちのざわめきが続くはず。

(大丈夫、そんなことは慣れているから)

ところが、一歩教室に入ると、未だかつてない子どもたちのざわめきがあやめを包んだ。

(私、何かおかしいの?)

ざわめき以上に、子どもたちの驚いた顔があやめを戸惑わせた。

「こらぁ、みんな静かにしろ!」

担任の本山先生は、少し小太りで見た目は30代後半。その先生の制止の声は、子どもたちには届かない。

「先生!ヤバくない!イリスに…」

日に焼けた坊主頭の男子が、立ち上がってそう言った瞬間、あやめに向かっていた視線は、教室の一番後ろの窓際に席に座る少女『イリス』に集まった。と、同時にざわめきから一転、急に室内が静まりかえった。この後の展開を黙って見守るしかないという緊張感が、教室内に漂った。

 頬杖をついて窓の外を眺めていたイリスは、ゆっくり視線を動かし、教室の扉の前に不安そうに立ち尽くしているあやめに気が付いた。

(ふうん、転校生か…。うん?何だ?)

イリスがそう思ったと同時に、

(えっ!何?)

あやめも、イリスの顔を見て驚いた。

「ええっ!そっくりじゃない!」

イリスがそう言葉にしたが、あやめも同じ言葉を心の中で叫んでいた。


 休み時間は、いつも新しい同級生たちに囲まれて質問攻めにされてきた。が、今回は不思議なことに、あやめのすぐ隣の席に陣取ったのは、イリスが一人。少し離れたところにいる他の子どもたちは、あやめのことを心配そうに見守っている。

「アタイ、時村イリスってんだ。アンタ、どっから来たんだ?兄弟とかいるのか?アンタ、何歳だ?」

イリスの矢継ぎ早の質問に、あやめは一つずつ丁寧に答えた。

「私、町田あやめ。S県から来たの。一人っ子で、10歳だよ」

(同じ学年の子に、歳って聞く?ちょっと変わってる?)

そう思ったあやめだったが、

「次の休み時間は、アタイが学校んなか案内してやるよ」

そう言って微笑んだイリスに、

(でも、悪い子だとは思えないない)

と、自分にそっくりはイリスに好感を抱いた。

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