2.佐々木先輩と古川先輩(1)

 ぺらり、ぺらりと本のページをめくる音だけが放課後の空き教室に流れていました。


「………」

「………」


 昨日の宣言通り、西森先輩はわたしの邪魔をすることなく、ただ椅子に座ってマンガを読んでいました。


(ちょっかいかけてこないから気にしないけど……)


 何かやらかすのではないか、と不安に思っていたのですが杞憂だったようです。某半固形物を貰ったということもありますし、変に追い出したりしないで時が流れるのを待つとしましょう。


「……うそ」


 マンガを読んでいた西森先輩が口を開きます。


「またあたしの好きなキャラ死んじゃった……」

「……そうですか」


 たまにいますよね。推しがよく死ぬっていう人。西森先輩もそういう傾向にあるんでしょうか。


「キラも推してたのに最後殺されたし」

「まああの最期は妥当だと思いますよ」

「イルカさんも、もっと長生きしてほしかった」

「あれ、イルカ先生って生きてませんでしたっけ」

「この漫画のリョーマも、いよいよこれからって時にさ……」

「???」


 あの漫画のテニスは確かに危険ですが、死人は出ていなかったはずです。今のところは。


「待ってください、何の話してます?」

「吉良上野介と、蘇我入鹿と、坂本龍馬。知らない?」

「ああっ! そっち!?」


 全部ジャンプ漫画だと思っていたのに。


「みんな最後に暗殺されるのは一般常識じゃないですか!! ちゃんと歴史の授業聞いてました!?」

「ネタバレになるのイヤだから聞いてない」

「ええ……」


 こんな人でも高校に進学できるとは、日本はなんて優しい国なんでしょう。


「本当に春から高校生なんですよね…?」

「心配しなくても大丈夫、何とかなるでしょ」


 わたしが呆気に取られていると、教室の扉を開ける音が背中から聞こえてきました。


「いたいた、探したんだよ西森さん」

「えっと…佐々木さんだっけ?」


 佐々木さん、と呼ばれたその人は西森先輩と同じく、卒業を控えた三年生のようでした。目つきが鋭く、気の強そうな顔立ちの女性です。


「相談したいことがあるって言ったのに、すぐ逃げちゃうんだから」

「だってめんどいしぃ」

「そんなこと言わないでお願い、後輩の女子集めてハーレム作ってる西森さんくらいにしか話せない話題で…」

「ハーレム!?」


 思わず口が開いてしまいました。ハーレム? 古代トルコを治めたオスマン帝国の? 女の園がこの中学校に? ということは先輩はわたしにそういう目的で?


「藤村さん待って、距離を取らないで、そういうのじゃないからホントに」

「……本当ですか?」


 10メートルほど離れた場所でわたしは椅子を盾にしてしゃがみ込みます。ちなみに藤村というのはわたしの苗字です。ごま塩程度に覚えておいてください。


「あたしは適当に話せる相手が欲しかっただけだからさ、本当にそれだけ。でもここで会ったのも何かの縁だと思うしさ、佐々木さんの悩みを一緒に聞いてくれない?」


 手のひらを合わせて西森先輩はわたしに頭を下げました。

 これは推測ですが、西森先輩は自分が頭が切れるタイプの人間ではないと自覚しているのでしょう。そして佐々木先輩の悩みは簡単に解決できるようなものではなさそうです。


「うーん……佐々木先輩は良いですか?」

「いいよ。頭良さそうだしさ、メガネちゃん」

「藤村です…」


 まあともかく話を聞いてみましょう。人が困っているのです、少しでも力になれるのであれば助けるのが筋というものでしょう。


「最近付き合い始めた女の子がさ、もしかすると男かもしれないんだ」


 やめとけばよかったかも。

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