西森先輩のお悩み相談室

オカモトアキ

1.わたしと西森先輩

 それはわたしが中学1年の頃、2月の上旬のことでした。

 誰も来ない放課後の空き教室、陽の当たる窓辺でのんびりと本を読んでいた時のことです。


「ありゃ、人がいたか」


 ガラガラと引き戸を開けて入って来た彼女は、とても綺麗な人でした。黒髪を肩くらいの長さにさっぱりと切った快活な印象の上級生です。名札の色からすると三年生ですが、この時期は受験勉強で忙しいのでは?


「何でしょう」

「いや、受験終わって暇だからさ。ぶらついてただけだよ」

「はあ」

「私立の推薦は楽に早く決まるからいいよ。先輩からのアドバイス」

「……どうも」


 参考程度に覚えておきますか。既に公立高校を目標に決めているのですけど。


「でも早すぎると暇持て余しちゃうんだよねえ、友達みんな勉強漬けで遊びに誘うとかもできないし」

「難儀ですね、ではわたしはこれで」


 何だか面倒くさいことに巻き込まれそうだな、と嫌な予感がしたわたしは席を立ち教室を出て行こうとしました……が、先輩が引き止めます。


「ストップストップ、あなたも暇なんでしょ?」

「わたしは忙しいんです、これ読んで図書館に返さないと」

「ここの教室で本読むのは止めないからさ、卒業までの間、放課後あたしと一緒に教室にいてくれない?」

「はあ……」

「お願いだよぉ、おやつあげるから」


 そう言って先輩はカバンからラッピングされた袋を取り出しました。


「調理実習で作ったんだ、プレゼントだよ」

「……まあ、邪魔しないならいいですけど」

「ありがと」


 わたしはお菓子の袋を受け取りました。美人な先輩からのプレゼント(しかも手作りのお菓子)となると、悪い気はしません。


「帰ったらいただきます」

「いや、今食べちゃって。できるだけ早く」

「え?」


 中身を覗き込みます。

 入っていたのは、薄い紫色のふわふわした半固形物。一見得体のしれない物体にぎょっとしますが、何だかどこかで見たことがあるような……。


「ねるね〇ねるねだよ」

「何で!?」


 ええ。皆さんもご存知でしょう。ちびっこに人気の知育菓子です。


「味わって食べてね」

「これは作る過程がメインのお菓子ですよ! 食べるパートなんておまけですよ! 他人に贈る人なんて初めて見ましたよ!!」


 それ以上に問題なのは、これを調理実習で作ったという事実ですが。


「そうそう、これ忘れるところだった、はい3ばんのふくろ」

「もっと大事なことがあるでしょう!」

「あっそうか、スプーンか……」

「ちがぁう!!!」

「待ってて、すぐ取ってくる」


 先輩は回れ右をして、家庭科室へ走って行きました。


「………何なんですかあの人は」


 これがわたしと西森先輩との出会いでした。

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