第15話 ゴブリン、本気を出す
:おいおい、これからゴブキンとロリッチがやりあうってマジかよ⁉
:どっちが勝つんやろ
:さすがにゴブキンじゃねえか? ロリッチちゃんちっこいしさ
:でもゴブキンがロリッチは自分より強いって言ってたぞ?
:なんで仲間同士で争わないとならないんだ……
冷めかけていたコメントが、リッチとの戦闘が決まった瞬間に熱を帯びる。
確かにリッチの言っていた通り、配信は盛り上がりそうに思われた。
だが——
「おいアンタ、本気なのか?」
「ここで我がくだらぬ嘘をつくと思うのか?」
「…………」
思わない。
リッチはそんなことをするやつではない。
では、なぜ吾輩はそんなことを訊いたのか。
それは自分でもわかっていた。
「…………」
体が僅かだが震えている。
怯え。
それはこれまで戦いに明け暮れていた吾輩だからこそ出てしまう体の反応だった。
かつて怯えていたダンチューバーに武者震いであればよかったな、などと言ったが、まさか今度は自分がその立場になるとは。
吾輩はリッチと共にリングの中央に移動する。
吾輩は考える。
吾輩はリッチと戦ったことはない。しかしリッチが戦っているところなら見たことがある。
あれはまさに地獄だった。
地獄としか形容できないような惨状を一瞬にしてつくりあげる高度な魔法、それをリッチは詠唱もなしに連発する。それに対して、吾輩は魔法を使うことはできない。ゴブリンという種族に生まれた以上、この差はどうしても埋められなかった。
まあ、だからと言って諦めるわけにもいかないんだがな。
ここで戦わない選択肢を取ることは簡単だ。だが、ここで戦わなければ、吾輩はゴブリンキング・ダウンを失敗に終わらせてしまうだろうし、それにリッチに逃げた臆病なゴブリンとして視聴者たちにも認識されてしまうことだろう。
おそらく、リッチはそこまでわかってこの戦いを仕組んだのだ。
吾輩は決心した。
「それじゃあそろそろ始めるかの?」
リング中央に立つリッチがそう言う。
「……ああ」
その言葉が合図だった。
吾輩が地面を踏んで前方に加速すると同時に、リッチは足を僅かに上げてそのまま下に下ろした。
タンッと音が鳴る。
次の瞬間、吾輩とリッチとの間に骨で構成された壁が出来上がった。
:なんだあの魔法⁉
:あれって噂に聞くS級魔法じゃね?
:いやいやあり得ねえだろ。最高はA級でS級は都市伝説だっておじいちゃんが言ってた
:おじいちゃんで草
:おいおい、ランクよりもそもそもあれだけの魔法を詠唱なしで唱えたことの方がやべえだろ
この壁は見たことがあったから、吾輩はそこまで驚かなかった。
ここで吾輩が取れる選択肢は三つだ。
右に曲がるか、左に曲がるか、全身をやめて後方に退くか。
しかし吾輩はそのどれも選ばなかった。
「ふんっ」
吾輩は骨の壁にそのまま直進する。本来であればその壁ごと切り裂きたいところだが、しかし以前戦った冒険者の盾とは違って、リッチの壁は本物だ。吾輩が本気で斬りかかったとしても、傷くらいしかつかないだろう。
そこで吾輩は刀を抜かずに壁に足をつけた。
「ほう」
リッチが感心したように声を上げる。
吾輩はリッチが生成した壁をそのまま駆け上がったのだ。
:ゴブキンすげえええええええ!
:足になんか接着剤でもくっついてんのか?
:これ完全に映画じゃん……
:俺も頑張ればできそう
:多分お前は走っただけで息切れして終わりだよ
壁は天井まで繋がっているわけではない。だから当然壁を上まで登り切れば、あとは落下するだけだ。
落下の加速を利用して、そのままリッチに斬りかかる。
しかし、このままではリッチは倒せないだろうということは吾輩にもわかっていた。
なぜならリッチは笑っていたからだ。
「ははは。かかったな。お主ならこの程度の壁、乗り越えてくると思っていたわ」
リッチの頭上には魔法陣が展開されている。吾輩が壁を登っている間に魔法を発動させていたのだろう。つまり、リッチが最初に生成した壁は吾輩を阻害するものではなくて、魔法の発動を隠すための目隠しだったということだ。
「接戦などするつもりはないのじゃ。悪いがお主の負けじゃよ」
終わったかもしれない——と思う。
しかし吾輩には最後の手段が残されていた。
戦闘において勝つためであれば手段を選ばない——これが吾輩の本来の哲学であったはずだ。配信者になったことで派手さや正々堂々といった見かけの部分ばかりを意識していたが、この場合にかぎってはそんなこと言っていられなかった。
だから、吾輩は言った。
「リッチ、今日もかわいいな」
「んなっ⁉」
リッチの死人のように青白い肌が一気に真っ赤になる。リッチは動揺し、精神の安定が乱れ、魔法の理論式が崩壊を始め、魔法陣が歪み、そして霧散した。
そのまま吾輩は空中からリッチに覆いかぶさるようにして着地する。
リッチに馬乗りになって、吾輩はその首元に刀を近づけた。
「吾輩の勝ち、でいいな?」
「かかかかかかちでいいぞ」
トマトのように真っ赤になったリッチは首をブンブン振りながらすぐに負けを認めた。
さて、配信の方は盛り上がっただろうか。
吾輩はタブレットのコメントを確認する。
すると、そこには読み切れないほどのコメントがものすごい速度で流れていた。
:結婚しろ
:【朗報】ゴブキン、ロリッチちゃん、結婚
:式はダンジョンでやるんですか? 家族でいくんで住所教えてください
:リッチちゃん顔真っ赤でかわいすぎるwwwwww
:ゴブキン、お前、やればできんじゃねえか……
:やっと言えたんだな。おじさん泣きそうだよ
:もうこれからはゴブキンとロリッチのカップル配信でいいよ
:あのー、質問なんですけど、異種族間で子供ってできるんですかね?
:いけるやろ
:いや、でもロリッチちゃんって年齢的にまだ……
:リッチだからいけるやろ
:そっか
「…………」
全く想定していないコメントの盛り上がり方だったが、まあいいだろうと思った。
そういうわけで、『ゴブリンキング・ダウン1』はそこそこ成功に終わったのだった。
*
その後のことを少しだけ話そうと思う。
吾輩は次なる『ゴブリンキング・ダウン2』を配信しようと意気込んでいたのだが、なぜか参謀であるロリッチが一緒に配信をしようと言い出した。それから吾輩とリッチはダンジョンに侵入してくるダンチューバーたちを片手間に倒しつつ、料理をしたり、実験をしたり、異世界での話をしたりする、なんというか、ただの配信者みたいなことをすることになった。
そしてそれがなぜか想定以上にウケた。もしかしたら、人間というのは戦いや殺し合いを見るよりかは、こういった日常的な配信を求めているのかしれない。みんな疲れているんだろうな、なんて思った。
あと、なぜかは知らぬが、あの『ゴブリンキング・ダウン1』以降、ロリッチは吾輩のことを名前で呼ぶようになった。みんな覚えていないと思うが、吾輩の名前はマダナ・イである。
「マダナ、もうそろそろ我のことも名前で呼んでくれてもいいのじゃぞ?」
「そうは言われてもアンタの名前を知らない」
「ペッドという名じゃ」
「ペド?」
「ペドじゃないわ!」
「?」
なんで怒られたのかはわからないが、まあいいだろう。
まあ、こんな感じで吾輩の生活は続いていく。
これから先、まだまだ不安なことは多いが、それでもなぜかは知らないが、吾輩は元いた世界のころよりも、今の生活の方が充実しているような気がした。
吾輩は配信ボタンを押す。
今日も今日とて、配信のスタートだ。
吾輩は言った。
「ゴブゴブハローダンチューブ。どうも、ゴブキンです」
**********
ここまで読んでくださりありがとうございました。
最後少し駆け足になってしまいましたが、この物語はここで一旦完結です。
応援してくださった方々、コメントをくださった方々、フォローしてくださった方々、評価してくださった方々、そして何よりこの物語を読んでくださった方々、本当にありがとうございました!
【悲報】ダンジョンごと地球に転移したゴブリンさん、うっかり有名配信者を倒したら、なぜか人類の間でバズってしまう 小垣間見 @kokaimami
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