第10話 ゴブリン、審査する
今更だが、なぜ人間のシュウが審査員にいるかというと、それはリッチの仕組んだことだった。
話は昨日に遡る。
*
吾輩は腰の抜けたシュウをおんぶしてリッチの家に向かい、相変わらず渋いハーブティーを口にしながら、リッチの話を聞いていた。
「つまりじゃな、我々には協力者が必要だということじゃ」
「どういうことだ」
いきなりつまりなんて言われてもわからない。
すると、リッチは偉そうに説明し始めたのだった。
「お主は『ゴブリンキング・ダウン』を明日に控えているわけじゃが、もしダンチューバーがひとりもこなかった場合は想定しているか?」
「ひとりもこない? それは可能性としては考慮しているが……」
「それだけでは不十分だということじゃよ」
リッチは続ける。
「まあ、流石にあそこまで煽れば何人かはくるじゃろうが、それでもその相手が見るからに売名目的のダンチューバーだった場合、お主に得はないじゃろう? お主が見せなければならないのは、あくまで強者とされているダンチューバー相手に無双するエンターテインメントなのじゃからな」
「そこで、その協力者とやらが関係してくるのか」
「その通りじゃ」
リッチは頷く。
「お主に失敗は許されない。一度バズったからにはお主が本物であることを視聴者に証明せねばならん。そういう意味では明日の『ゴブリンキング・ダウン』は絶対に失敗できない企画なのじゃ」
「…………」
そこまでは考えていなかった。
決して油断していたとかそういうわけではないが、気が緩んでいたのかもしれない。視聴者というのは良くも悪くも正直だ。バズれば集まるし、つまらないという烙印を押されたら一瞬で離れていく。吾輩はここで掴んだチャンスを決して逃してはならないのだ。
吾輩は気を引き締めて、リッチの話を聞くことにした。
「そこで我は考えた。強いダンチューバーがオーディションに参加してくれるか不安なら、最初から仕込めばいいと」
「仕込む?」
「うむ。金で釣ればいいのじゃ」
リッチは椅子に座ってくつろいでいたシュウを一度見て、再びこちらを向いた。
「お主が配信した際の広告収入や投げ銭がどうなっているか知っておるか? お主はこの人間のチャンネルで配信しておる。ということはじゃ、お主がバズればバズるほど、この男の収入が増えるということになる」
「ああ……」
そういえばダンチューバーたちは広告収入や投げ銭というシステムでお金を稼いでいるんだった。
「まあ、我々にはこの世界の通貨などあっても何の役にもたたんしの、別にそれはそれで構わないのじゃが、それを利用しないのも勿体無いと思ったのじゃ。そこで、我はこの男と取引をすることにした」
「取引?」
「配信における収入はそのままその男の口座に振り込まれる。じゃがその代わりに、我々の協力者になってもらうことにした」
なるほど。どちらが多く得をしているかはわからないが、一見相互扶助の関係に見える。
「それで? このニンゲンは一体何を協力してくれるんだ?」
「今回でいえば出演者の仕込みじゃな。この男がその知名度を生かして有名なダンチューバーに『ゴブリンキング・ダウン』に参加するように打診する。お主がバズったおかげで金はありあまっているらしいからの。お金が発生すればそれなりに参加者は増えるじゃろ。なんせ参加するだけで金がもらえるんじゃからな」
ということらしかった。
吾輩にそのアイデアを否定する理由などあるわけもなく、リッチの指示に従ってそのまま打ち合わせを進めていった。
*
時は現在に戻る。
「では、早速だがオウボシャの方々に自己紹介をしてもらおうと思う」
審査員であるリッチとシュウを紹介した吾輩は、早速オーディションに入った。
オーディションの形式は椅子——はダンジョンにはたくさんないから宝箱——に座っているダンチューバーに順番に自己紹介をしてもらい、質疑応答などの結果から審査員がメンバーを数人に絞る。そしてその選ばれたメンバーが吾輩と戦うという段取りだ。
吾輩は一番左の宝箱に座ったダンチューバーを指差して「ではアナタから」と促す。
『ジャージ』という防具を装備したそいつが宝箱に座ったまま自己紹介を始めた。
「うーっす。新人ダンチューバーのコウタロウっす」
吾輩は事前に用意された履歴書を眺める。
血液型や好きなタイプなどどうでもいい情報まで記載されていたが、それは無視するとして、アピールポイントに気になることが書いてあったので、訊いてみることにした。
「一対多の戦闘に素手で勝利したと書いてあるが、これは本当か?」
「本当だよ。ってか、嘘書くわけねーだろ、ああ⁉」
わかりやすいほどオラついている。
だが、別に何とも思わない。むしろこれが戦場だったら相手が冷静さを欠いている分、幸運だったと思うだけだ。
まあ、それはさておき、吾輩は質問を続けた。
「具体的にそのときの状況を説明してもらってもかまわないか?」
「説明? ダルいけど、まあしゃーねえ、教えてやるよ」
コウタロウと名乗る人間の男は、足を組みながらドヤ顔で武勇伝を語り出した。
「あれは確かダンジョンでオークをボコした後だったかな……なんか物足りねえと思ってたんだ。そこでだ、俺はあえてモンスターハウスに入ったんだ」
「あえて?」
「ああ。すると当然モンスターがうじゃうじゃ湧いてくるよなあ。そんときは全員ゴブリンだった。確か10……いや100はいたな、うん、そんくらいいた。そんでそこにいたやつ、全部ボコってやったわ。もちろん素手でな、ぎゃははは!」
:100⁉
:いくらモンスターハウスでもそれって多すぎね?
:話盛ってんじゃないの
:嘘乙
:ってか、こういうのってたいてい見かけだけなんだよな
吾輩はさすがに聞き捨てならなかったので、突っ込むことにした。
「モンスターハウスに出現するモンスターが100を超えることは絶対にあり得ない。それはこのラスト・ダンジョンに住む吾輩が断言する。そうなるとニンゲン、オマエは今嘘をついたということになるが、これについてはどう思う?」
:ゴブキンこっわ
:正論って暴力になるんやなって
:いいぞゴブキン!
:さっそくバチバチきたああああああああ!
:ゴブキン口喧嘩も強くて草
:そのうち雑談系配信者になってるかもしれん笑
「ああ⁉ なんでこの俺が嘘つかなくちゃならねえんだよ! てめー、あんま舐めてっとこの場で殺しちゃうよ?」
「いいぞ、やってみろ」
吾輩がそういうと、宝箱から勢いよく立ち上がった。
宝箱がごろんと転がる。
そして、そのままコウタロウと名乗る男は吾輩に近づいてこようとした——のだが、
「え?」
次の瞬間、コウタロウは消えた。
何が起こったのか、そこにいた人間たちにはわからなかったようだ。
だが、吾輩とリッチには見えていた。
転がされた宝箱が一瞬にして口を開け、その中に人間を取り込んだことを。
吾輩はリッチに小声で話しかける。
「おい、あれって……」
「ミミックじゃの」
「椅子の用意をするときミミックが混じらないように気をつけろと言ったはずだが……」
ダンジョンには人間が座るような椅子などない。だから片っ端から宝箱をかき集めて椅子代わりにしたのだが、椅子の用意をするのはリッチが担当だった。しかしリッチは吾輩の勧告をすっかり忘れていたらしい。
吾輩は責める目でリッチを見る。
すると、リッチは、
「てへっ」
と、意味のわからないことを言って誤魔化した。
「…………」
吾輩は呆れて物も言えなかった。
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