第8話 ゴブリン、まさかの人物と再会する
吾輩は酔ってしまったリッチを家に送り届けていた。その後すぐに自分の寝床に帰ろうと思っていたのだが、家に着いた途端目覚めたリッチに、次の配信について打ち合わせをしようと言われた。
そういうわけで、吾輩は渋いハーブティーを啜りながら、気絶していたリッチに今回の配信の内容を報告していたのだが、
「ゴブリンキング・ダウン………あっはっはっはっはっは!」
リッチは滅茶苦茶笑っていた。
「お主、いつから王を自称するようになったのじゃ……くっくっく、あっはっは!」
「これは……その、流れというやつだ」
もちろん、吾輩は王などではない。ゴブリンの王国なんてそもそも存在しないし、ゴブリンキングなんていう種族も聞いたことがないから、吾輩がゴブリンキングを名乗っているのは偽称であり、詐称である。
だが、吾輩にだって言い分はあった。
「……仕方ないだろう。配信というものはコメントを拾わないといけないと言っていたのはアンタじゃないか。だから吾輩はゴブリンキング——ゴブキンを名乗って、配信を盛り上げようとしたまでだ」
「そうかそうか、お主ももう立派な配信者じゃな……わっはっはっはっは!」
何がそんなにおもしろいのかわからない。
もしかして吾輩、馬鹿にされているのか?
「わっはっは……はあ、疲れた」
おんぶされて笑っただけの奴が疲れたなんて言うものではないと思う。
「まあ、それはさておき」
と、そこでリッチが話を切り替えた。
「お主、次の配信で何をするか、覚えておるな?」
「ああ……大体だが」
言っておくが、吾輩は今回の配信で『ゴブリンキング・ダウン』なる催しを開くと宣言したが、別にその場で思いついたわけではない。『ゴブリンキング・ダウン』という名前以外は全てリッチの台本に従ったまでである。
吾輩は以前リッチが話した内容を思い出すように言った。
「オーディションという名目でこのラスト・ダンジョンに多くのダンチューバーを集め、その中から選りすぐりの戦士をオーディションで選び、不利な状態から圧倒的勝利を見せつけることで、さらにラスト・ダンジョンにニンゲンが潜り込んでくるようにする——だったか」
「その通りじゃ。まあ、そういう意味ではゴブリンキングを名乗ったのは正解かもな。いつまでもそこらへんのゴブリンと同じにされていては、お主の存在感も薄れるじゃろうし」
「悪目立ちしていなければいいが」
「何、勝てば問題ないじゃろ」
まあ、それもそうか。
というわけで、そんな軽いノリで吾輩はこれからゴブリンキング——ゴブキンを名乗っていくことに決めた。
それはさておき。
「話はこれで終わりか? だったら帰ってもいいだろうか。無傷だったとはいえ、次の配信に備えて少しでも体力を回復させておきたい」
「まあまあ、そこまで慌てるな。相変わらずせっかちじゃのう」
そう言いながら、リッチは自分で入れたハーブティーを優雅に飲む。
そして、たっぷり時間をかけてハーブティーを飲み終わってから、
「帰っていいぞ」
と、リッチは言った。
「…………」
なんだったのだ今の時間は。
吾輩は理不尽とはまさにこのことだと思った。
*
帰り道。
「うわああああああああああゴブキンだあああああああああ!」
ダンジョン内に人間の悲鳴がこだました。
しかし吾輩はまだ何もしていないのだが、そいつは吾輩の姿を見ただけで、まるでドラゴンと出会った駆け出し冒険者のように震えるのだった。
ん? というかこいつ、どこかで見たような……。
「こ、殺さないでええええええええ!」
「オマエ、確かふざけたクラン名の……」
「う、うぎゃああああああああああ!」
「五月蝿い」
いい加減に鬱陶しいので、吾輩はチョップでその男を黙らせる。
襟首をつかんで睨みつけながら言った。
「これ以上叫んだらダンジョンの贄になってもらうぞ」
「ひっ、それだけはご勘弁を……」
凄むことで静かにさせる。
吾輩はいつもなら侵入者を排除しているところだが、明日に備えて力を使いたくなかったので、脅すことで帰ってもらおうと思っていた。
吾輩は男の顔をじっくりと観察する。
「あ、あの、ぼ、僕を食べても美味しくないですよー?」
「あのな、何か勘違いしてるようだが、吾輩はニンゲンを食べたりなど……って、あ」
思い出した。
吾輩はスマホのコメント欄によく流れるハイライトされた文字群を思い出して口に出す。
「オマエ、確か『男女男男女ダンジョン』のシュウとかいう……」
「な、名前まで覚えられてるうううううううう⁉ うわあああやっぱり僕はここで殺されるんだあああああああ!」
「何をしておる、お主たち」
と、そこで少女の声が割り込んできた。
後ろを振り向く。
少女の正体はリッチだった。
「何をしているって、ニンゲンが来たから追い返そうとしたまでだが」
「余計なことをするでない。そいつは我が呼んだ客じゃ」
「客?」
まったくわけがわからない。
しかし、その場でリッチは全く説明するつもりはないらしかった。
「あー、そういえばお主にはまだ伝えておらんかったの。仕方ない、もう一度我が家へ向かうぞ」
そしてリッチはその背中についてこいとばかりに自分の家へと歩いていってしまった。
「…………」
「…………」
残される吾輩と人間。
吾輩は仕方なくリッチについていこうとするが、なぜか人間はいつまでたっても立ち上がらなかった。
「おい、どうした。早くついてこい」
「あの、すみません、腰が抜けて……立てなくなっちゃいました」
「…………」
リッチはすでに離れたところまで歩いていってしまっている。
少しだけ悩んで、仕方なく言った。
「今回だけだぞ」
吾輩は人間に近づく。
シュウとかいう人間は殺されると勘違いしたのか怯えていたが、吾輩が背中を見せて屈むとその意図を理解したのか、背中につかまってきた。
「あ、ありがとうございます、ゴブキン……さん」
「礼などいらない」
まさか1日で二回も誰かをおんぶすることになるとは思わなかった。
しかもロリのリッチと人間の男。
はあ……。
吾輩は自分の人生がスマホを拾ってから大きく変わり始めていることを実感しつつあった。
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