第6話 ゴブリン、無双する

「なっ——」


 先制攻撃だった。

 吾輩は本来ならやらない正面からの攻撃を敢行する。

 当然、放つは抜刀術――居合。

 しかし、吾輩が刀を使うことを切り抜きで知っていたのか、ダンチューバーたちの反応は早かった。二人のタンク役が身体ほどの大きさがある盾を地面に突き刺して、防御の姿勢をとる。


:出た! 『イタリア騎士団』の鉄壁担当ナポリタソのタクティカルガード!

:あれえぐいよな。確かレッドドラゴンのブレスも防いだとか

:『ムシキワ』のアゲアゲチョウも関東のタンク界隈では有望株だし

:打撃系の武器ならまだしも、刀ではあのシールドは破れないわ

:ゴブリン、さっそく詰みか?

:盾に刀が勝てるわけないだろいい加減にしろ!

:[シュウ@男女男男女ダンジョン]どーだ! これが関東最強格のタンクだ! さっさとやられちまえ!

:シュウさんこれ以上ないくらい生き生きしてて草なんだ


 なるほど、どうやら以前のダンチューバーたちよりはやるようだ。

 

 だが――


「常識を疑うことを覚えた方がいいぞ、ニンゲン」


 吾輩は盾などお構いなしに、そのまま居合を放つ。

 次の瞬間、十センチはある厚みの盾がぱっくり割れ、そのまま鎧で覆われた二人のタンク役の身体が上半身と下半身に二分された。


:は?

:マ?

:嘘……だろ……?

:ってか、みんな何が見えてるん? ワイ、何も見えんかったんだけど

:安心してください、オレも見えてないです

:い……今起こったことを正直に話すぜ! なんかビュンってなってギュンってなったらいつの間にか体が真っ二つになってたんだ!

:何も言ってないに等しくて草


「盾で刀が防げるとは限らない。ジャンケンでチョキがグーに勝てないと思った時点で、お前たちは敗北している」


:いや、限るわ

:チョキがグーに買ったらジャンケンじゃねえから

:なんかそれっぽいこと言ってるけど、ただの脳筋だと思うのはオレだけ?

:【悲報】グーさん、チョキにも勝てないオワコンと化すwwwww

:[シュウ@男女男男女ダンジョン]いや、まだわかんないから。まだ勝負は決まってないから……

:(今の戦闘結果を見て)「あっ……(察し)」


 吾輩は次の敵に攻撃する前に口を動かしていた。

 もちろん、こんなこと戦闘においてなんの意味もない。むしろマイナスだ。本来であれば、このまま二撃目、三撃目と攻撃を繰り出すことができたのだから。

 

 しかし、これも仕方のないことだった。

 なぜなら吾輩は配信をバズらせなければならないのだ。普通の戦闘では地味だ。搦手やトラップの類など問題外、吾輩は真正面から敵を斬り伏せなければならない。だから吾輩はこうして一々面倒くさい演出をしながら、戦闘を繰り広げる必要があった。


「次の贄は誰だ。お前か? 魔法使い」

「ひっ」


 杖を持った男は怯えた声を出す。確かさっきマルガリータとか名乗っていた奴だったか。先ほどまでのお調子者キャラはどこかに消え去り、今は生まれたての子鹿のように震える足で立つ哀れな青年に過ぎなかった。


「その震えはなんだ? 武者震いならばいいが……期待できなそうだな」


:やめて! マルガリータの体力はゼロよ!!!

:決めた、俺ゴブリンの勝利に100万賭けるわ

:じゃあ、オレは1000万

:ワイはワイの貞操で

:いwwwらwwwなwwwいwww

:てか、お前らそんなに持ってねえだろ(笑)

:その前に賭け自体が成立しなくて草

:[シュウ@男女男男女ダンジョン]僕はゴブリンが負ける方に9万だ!

:9万で止めてるあたり、ちょっとビビっててワロタ


 吾輩はあらゆるパターンに対応できるように、昨日寝る前にリッチから渡されたセリフ集を読み込んでいる。だから少し寝不足で、そういう意味でも本来のパフォーマンスが発揮できていないのだが、この程度の相手ならまったく問題なかった。


「その震えを止めてやろう……息の根と共にな」

「うわあああああああああああ!」


 突進する。

 それに対し、魔法使いの男は杖を前に突き出した。

 火球が生成され、そのまま吾輩に向けて射出される。

 このまま無視して突っ込んでも火傷すらしないだろう。しかし、それでは芸がない。

 そこで、吾輩はより相手に絶望を感じさせるある行動を思いついた。


 即実行する。

 吾輩はふっと息を吐いた。

 すると、


「はえ?」


 吾輩に向けて射出された火球が180度方向を変え、そのまま魔法使いの方へ反射した。

 着弾、着火。

 迸る炎にくるまれて、マルガリータと名乗っていた男は黒焦げになる。


「ウェルダン……少し焼きすぎたか」


 もちろん吾輩は人間を食べたりなどしないが、それっぽいことを言って舌なめずりする。

 すると、残ったダンチューバーは揃ったように絶叫し始めた。


「ひ、ひいいいいい!」

「僕は美味しくないですううううううう!」

「助けてくれええええええええええええええええ!」

「バケモンだ……こいつは正真正銘のバケモンだ……逃げろおおおおおお!」


:ひいいいいいいい!

:ママ助けて殺されるううううう

:おしまいだ……人類はおしまいだ……

:人類はその日思い出した。自分達が狩る側ではなく狩られる側であることを……

:ゴブリン半端ないって! 魔法吐息で反射するもんそんなんできひんやん普通……

:シュウさんとうとうコメントできなくなってて草

:多分泣いてると思う。そっとしといてやろう


 まだ七対一の状況であるというのに、ダンチューバーたちは戦闘を放棄して、一斉に逃走を始めた。

 それを見て、吾輩は肩を落とす。


「……逃げられると思っているのか、ニンゲン」


 心のどこかで戦いを無意識に求めていたのか、吾輩は少し苛立ちを覚える。


 それからは一瞬だった。


 まず、最初に逃げようとしたカマキリを名乗っていた女の背中目がけて、槍投げの要領で刀を投擲する。


「ぐぼお」


 刀はカマキリを貫き、ダンジョンに標本が完成する。


 吾輩は自分が武器を手放したことで、相手が戦闘の意思を取り戻さないか少し期待したが、ダンチューバーたちに周りを見ている余裕はなかったようだ。ある者は涙を流し、ある者は失禁しながら、無様に逃走を続ける。


「所詮この程度か、ニンゲン。残念だ……」


 こればっかしは、リッチに覚えさせられた台本と本音が入り混じった台詞だった。

 そして、


殺戮パーティーは終わりだ。残りはダイジェストでお送りしよう」


 よくわからない横文字を呟いた。

 そこからは消化試合だった。

 

 まず、槍を持っていた男の背中に飛び乗り、首を360度回転させて絶命させる。次にその男が持っていた槍を奪って、また別の槍持ちの男に同じことを繰り返し、両手に持った二本の槍を絶妙な角度で投擲。槍は射線を意識せずに逃走するダンチューバーたちを焼き鳥のように串刺しにする。


「ダンジョンの贄となれ、ニンゲン」


 そして、吾輩はお決まりの台詞を言って戦闘を終了した。

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