第5話 ゴブリン、殺戮を開始する
:おい! 『男女男男女ダンジョン』の配信始まったぞ!
:ってことは、まさかあのゴブリンがまた配信してんのか⁉
:足しか映ってないけど……多分そうなんだと思う
:[シュウ@男女男男女ダンジョン]おい! 僕たちのアカウント使って配信するんじゃない! ってか、スマホ返せ!
:この前ゴブリンにやられた元無双系ダンチューバーさんで草
:本人登場(笑)
:「モデレーター]シュウくんを悪く言う人はブロックします
:モデも暴れてて草
「おお、早速荒れておるようじゃの」
吾輩におんぶされているリッチがスマホを見ながらそう呟いた。
荒れるという言葉が何を意味しているのかわからないし、画面も見えないのでどんなコメントが流れているのかもわからないが、配信の方はとりあえずリッチに任せることにした。
今、吾輩がするべきことは、ダンジョンに侵入してきた十人ほどのダンチューバーたちをどうやって処理するかだ。
まず、相手パーティーの編成を観察しなければならないだろう。というわけで、吾輩は忍び足で侵入者の足音が聞こえる方に近づいていった。
目を凝らす。
「……見えた」
吾輩が確認した十人ほどのパーティーは三つのグループの集合したものだと思われた。
盾を構えた重装備のタンク、槍を装備したアタッカー、杖を持ったバッファー兼サブアタッカーに、同じく杖を持ったヒーラーのフォーマンセルが二組と、スマホを装備した二人組の構成。
前者の二組はダンジョン攻略におけるオーソドックスな編成だった。後者の二人はおそらく撮影班ということだろう。面構えを見る限り、以前侵入してきたダンチューバーよりかは強そうだが——
「どーもーこんちわーっす、『イタリア騎士団』のマルガリータどぅえーす!」
「こんばんみんみんぜみ、『虫ケラの極み』のミラクルカマキリだよ!」
「今回わー、まさかのー、コラボ配信どぅえーす!」
「コラボだー、みんみんみんみん」
……いや、油断は禁物だ。もしかしたら、奴らは吾輩が知らないような力を兼ね備えているかもしれないじゃないか。このダンジョンは吾輩にとって家のようなものだが、その外には吾輩の知らない異世界が広がっているのだ。吾輩が知らない魔法などがあってもおかしくない。
:おい! 『イタリア騎士団』がダンジョンに潜ってるらしいぞ!
:まじか、えぐ
:それだけじゃねえぞ! 『ムシキワ』も一緒に潜ってるっぽい
:ゴブリンがんばえー
:流石のゴブリンさんも今日で終わりみたいですね……
:【次回予告】ゴブリン、死す
「相手はこの前のダンチューバーよりも強敵のようじゃぞ」
背中におんぶしたリッチがコメントを読めない吾輩にそう報告する。
:え、まさかのコラボ配信?
:[シュウ@男女男男女ダンジョン]僕がダンジョンの位置を彼らに教えたんだ。敵討ちをしてくれるって言ってた。覚悟しとけよ、糞ゴブリン
:それじゃあ、その糞ゴブリンに負けたシュウさんは糞以下ってこと……?
:[モデレーター]シュウくんを悪く言う人はブロックします
:モデレーターもはや狂信者で草
:ってか、今ロリの声しなかったか?
「どうやらお主がこの前倒したダンチューバーが、このラスト・ダンジョンの場所を知らせてくれたみたいじゃ。完全に忘れておったから助かったわい……ってか、今コメントにロリって流れなかったか⁉」
「気のせいだろ」
コメントは見えていないが、一応そう言っておいた。
今更だが、ダンジョンで死んだ人間は完全に死ぬことはない。ダンジョンで死んだ人間は一度肉体をダンジョンに吸収されるが、厳密に言えばそこで吸収されるのは、死者が溜め込んだ経験値だけであり、肉体は再び再構成されてダンジョンの外に排泄される。だからダンジョンで死ぬことは、戦闘の素人に戻ることを意味している。
なぜダンジョンがそんなことをするかというと、再びその人間に経験値を貯めさせてダンジョンに挑ませるためだ。ダンジョンは見かけによらず、合理的にできているのである。
「それに期待には応えてやらねばな。応援してくれてる奴もおるみたいじゃし」
「何?」
聞き捨てならない台詞が聞こえたので、聞き返す。
「吾輩を応援するシチョウシャがいただと?」
「うむ。まだほんのちょっとじゃけどな」
「どういうことだ。わけがわからない」
吾輩は続けた。
「ハイシンシャを倒したことで吾輩が恨まれるなら、百歩譲って理解できる。だが、なぜニンゲンを殺した側の吾輩が、ニンゲンのシチョウシャに応援されるのだ」
「あらゆる人間に好かれる人間などいないということじゃよ」
リッチは吾輩の背中で偉そうに語り始めた。
「どれだけ人間のできた聖人君子であっても、恨みを持つ輩が全くいないことなどあり得ん。むしろその完璧なイメージが、妬みや僻みや嫉みの感情を惹き起こすことだってあるのじゃ」
「では吾輩がこの前倒したダンチューバーは聖人君子の類だったのか?」
「いや、あいつらはただ有名になって調子に乗っておったから嫌われてただけじゃ」
「…………」
そういえばこの前配信で人間を煽ったとき、なぜか『よくやった』とか『やるやん』みたいなコメントが流れていたが、あれはつまり嫌われているダンチューバーを倒したから『よくやった』ということだったのか。
まあダンチューブ界隈にも色々あるのだろう。異世界出身の吾輩にはあまり関係のないことだ、気にしないでおこう——なんて考えていると。
「……足音だ」
「近いのか?」
「しっ」
吾輩はリッチを黙らせる。
もう侵入者たちはすぐそこまで迫っていた。これ以上無駄話をしている暇はない。
「お主」
「おい、静かにしろと——」
「まさか、また以前のように不意打ちするつもりではないじゃろうな?」
「……あ」
吾輩はそこで重大なことを思い出した。
「お主はバズらなければならないのじゃぞ? 以前と同じような戦い方では、すぐに見飽きられてオワコンになるのがオチじゃ」
その通りだ。以前、吾輩がバズったのはゴブリンが刀を使ってA級探索者を無双したからであって、その戦い方自体に需要があったというわけではない。
吾輩は以前と同じ戦い方、意識ではいけないのだ。
「そうだったな、アンタの言う通りだ」
「我が考案した決め台詞を言ってスタイリッシュに戦うのじゃぞ」
吾輩は頷く。
そういえば昨日、配信で人気になるために決め台詞を言うようリッチに指示されていたのだった。
本当ならこんな無駄な行為は、死のリスクを上げるだけだからしたくはないのだが、吾輩は目の前の敵を倒すと同時に、もっと多くのダンチューバーがこのラスト・ダンジョンにやってくるようにしないといけない。そのためには配信を『バズらせ』て、ラスト・ダンジョンの知名度を上げる必要がある。
だから、吾輩は宣言した。
「シチョウシャの方々、待たせたな」
:お?
:何が始まるんです?
:わくてか
:全裸待機中です
静かに、だが力を込めた声で、言った。
「これより——
:
:やべええええええええ
:鳥肌立ったわ
:かっけええええええええ
:切り抜き班がアップを開始しました
:あかん、人間なのに惚れてまう!
:中二病乙
:今から伝説が始まる予感
:殺戮されないといいけどなwwww
「おお! それなりに好評のようじゃぞ! やったな! お主!」
背中でコメントを見ているリッチがはしゃいで報告した。
恥ずかしすぎて、吾輩は初めて戦場から逃げ出したくなった。
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