第4話 ゴブリン、煽る

「ゴブゴブハローダンチューブ。どうも、ゴブリンです」


 配信の開始と共にリッチに仕込まれた挨拶をする。

 すると数秒後、すぐさまコメントが流れ出した。


:あれ、なんか配信始まったっぽい

:シュウくんじゃなくてゴブリンが映ってるんだけどこれ幻覚?

:これ男女男男女ダンジョンのチャンネルだよな?

:ゴブリンが喋ってる……

:キェェェェェェェアァァァァァァァシャァベッタァァァァァァァァァ!


 吾輩はリッチの使用する光魔法の応用で、ダンジョンの壁に映し出された配信画面を確認している。だから、コメントを見ながら配信することができた。

 気を取り直して、吾輩は暗記した台詞を口にした。


「今、吾輩は『男女男男女ダンジョン』などという巫山戯た名前のハイシンシャが使用していたスマホ及びチャンネルから配信している」


:ふざけた名前草

:ゴブリンに笑われる『男女男男女ダンジョン』さん涙目敗走不可避www

:いや、逆に考えるんだ。ゴブリンにも伝わるグローバルな笑いなんだって

:でも本人たちは真面目に考えて命名したって動画で話してたで?

:マ?

:一週間かけて考えたらしい

:人類史上最も無駄な一週間で草生える


「今、配信を見てくれているシチョウシャたちは、あのゴブリンがハイシンシャ相手に無双する切り抜きを見ただろうか」


:見たで

:見ました!

:見た(見てない)

:あー、あれね、うん、あれ、見たよ、すごかったよね


「あのゴブリンは吾輩だ」


:え

:まじ⁉

:嘘だッ!

:まじか

:ってか、一人称吾輩ってどういうことwwwww


「吾輩が、調子に乗ったニンゲンを、斬り伏せてやった」


:まあ、あいつらが調子に乗ってたのは否めない

:よくやった

:ナイスぅ

:やればできんじゃねえか……

:オレはお前ならいつかやってくれるって思ってたぜ


「……?」


 吾輩はてっきりここで人間を倒したことに対する恨み節や誹謗中傷の言葉が投げかけられるものだとばかり思っていたのだが、返ってきたのは意外にも好意的なコメントだった。

 なぜだろう。

 まあそれは今はいい。

 それよりも吾輩には言わなければならないことがあるのだ。

 

 吾輩は意を決して、言った。


「そこで一つ言いたいことがある——シチョウシャよ、この世界にはあの程度の雑魚しかいないのか?」


:ん?

:流れ変わったな

:本性表したわね

:何が言いたいん?

:つまり、どういうことだってばよ?


「もしあいつらがこの世界の代表なのだとしたら、吾輩は悲しい。なぜならあの切り抜きで吾輩は実力の一割も出していないからだ」


:は?

:マ?

:嘘乙

:あれで一割って本気だしたら地球終わるやん

:【悲報】例のゴブリンさん、あれでまだ実力の一割だったwwwww

:変身をまだ残してるって言うのか⁉

:そんで最終形態でイケメンになるんだよな


 そして、吾輩は畳み掛けるように言った。


「吾輩は戦いにしか生きがいを見つけられない哀れな生き物だ」


「だから、せめて吾輩をもう少し満足させてくれ」


「吾輩を殺せとは言わない」


「せめて傷ひとつでもつけられれば、それだけで合格点をやる」


「まあでも、あの映像を見てしまったら、この世界の臆病なニンゲンたちは、ビビってダンジョンにも潜れないだろうがな、あはははは――」


 ポチ。

 リッチがそこで画面をタップした。

 配信が終了した合図だった。


「はははははは」

「もう笑わなくてよいぞ」

「ははは――はあ」


 嘘笑いが乾いたため息に変わる。


「……なあ、こんなことで本当にニンゲンが集まるのか?」


 私は半信半疑でそう訊いた。


「心配せずとも、明日には大勢のダンチューバーたちがこぞってやってくるじゃろうよ」


 果たしてそうだろうか。

 吾輩はリッチの用意した台本をほぼそのまま読んだだけなのだが、こんなことで本当にダンジョンに配信者たちがやってくるのか疑問だった。


「インターネットを駆使した我にぬかりはないぞ。煽りは人間相手にも有効な戦術じゃしな」


 言ってることはわかる。

 今はダンジョンに人間が潜り込んでこないという緊急事態だから、このような煽るようなことを言ってでもダンチューバーたちを呼び込まないといけない。

 しかしだからと言って、あれは少し言い過ぎではないだろうか。


 それになんなのだあの吾輩の設定は。

 吾輩は決して戦いにしか生きがいを見出せないような戦闘狂などではない。

 リッチの目にはもしかしてそのように映っているのだろうか。


「いつまでそこでぼおーっとしておる。ここは我の家なのじゃぞ? 用が済んだら帰るのじゃ。しっしっ」


 そしてリッチに追い払われるようにして、吾輩はいまいち釈然としないまま家を出たのだった。


     *


 次の日。


「本当に来た……」


 ダンチューバーがダンジョンに来た。


 しかも一人や二人じゃない。

 正確には把握できないが、侵入者の数を知らせる鈴は、おおよそ十人規模のパーティーがやってきていることを示していた。

 

 早急に対処しなければならない。

 ダンジョンにはダンジョンコアと呼ばれる心臓部があり、これが壊されるとダンジョンそのものが崩壊してしまう。だから、吾輩は一人残らず侵入者を排除する必要があった。


 しかし、


「……ん?」


 吾輩の体は迅速には動かなかった。

 なぜなら、吾輩の背中に銀髪赤目の少女——リッチが乗っかっていたからである。


「おいアンタ、何してる」

「何っておんぶじゃけど」

「そうじゃない。なぜ吾輩がアンタをこの状況でおんぶしなくちゃならないかを訊いているんだ」


 はっきり言って、今の状態は緊急事態だ。こんな巫山戯た真似をしている暇などない。

 しかし、それでもリッチは微動だにしなかった。


「お主、昨日我が言ったことをもう忘れたのか?」

「昨日?」

「言ったじゃろ、配信者になれ、と」

「ああ……だが、それとおんぶがどう繋がる」

「スマホじゃよ」


 そう言って、背中に乗ったリッチは、腕を回して手に持った黒い板——スマホを吾輩の顔の前に持ってきた。


「配信するためには映像を撮る魔道具がいる。これがないと撮れんじゃろ」

「確かにその通りか……いや、でもやはりおんぶする必要はないと思うんだが」

「お主は撮影しながら十人以上のダンチューバーを相手取ることができるのか? そして、刀は基本両手で扱うものじゃろう?」

「む……」

「それにもし、このスマホを地面にでも固定して撮影したとしよう。その場合、相手がいつまでも画角に収まる位置で戦ってくれる保証はあるのか? ないじゃろ? じゃから、こうして我がカメラマンとしておんぶされるのが正解なのじゃ」


 リッチは自信満々に論破したかのように吾輩の背中で勝ち誇る。

 しかし——


「ん? でもそれなら、吾輩の額にでもスマホをくくりつければ済む話なんじゃないか?」


 リッチをおんぶする必要なんてない。額にスマホを取り付ければ、吾輩を直接画面に映すことはできないが、臨場感のある戦闘の映像が撮れるだろう。

 さて、リッチはなんと言うだろうか。


「…………」

 

 数秒黙る。

 そして。


「……のじゃ」

「ん?」

「さっさと行くのじゃ!」

「……はい」


 リッチに言われるがまま前進した。

 吾輩は大人になることを学んだ。

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