第3話 ゴブリン、配信者になる
「ゴブゴブハローダンチューブ。どうも、ゴブリンです」
吾輩はスマホに向けてそう挨拶をした。
吾輩は今『配信』をしている。配信がなんなのかいまだによくわかっていないのだが、しかし生きるためには避けては通れない道だった。
時は少し前に遡る。
*
「お主、今から配信者になれ」
ダンジョンの養分が枯渇しないためにどうすればいいか訊くと、リッチはそう答えた。
「ハイシンシャ? ハイシンシャとはなんだ」
「そう慌てるでない。今からきちんと説明してやるからの」
そう言って、リッチは偉そうに説明を始めた。
説明は長くなったので大部分は省くが、ここで吾輩が知った重要なことは、この世界にはダンチューブなる配信サイトとやらがあること、そしてダンジョンで配信をするダンチューバーなる職業があって、彼らを『ハイシンシャ』と呼ぶということだった。
「では、吾輩が少し前に戦ったのは、そのダンチューバーというジョブのハイシンシャたちだったということか」
「そうじゃ。そして奴らはこのスマホを使って、配信をしていたということじゃ」
こんな小さな板が戦闘の何に役立つというのか、吾輩には理解ができなかっていなかったが、どうやらそういうことらしい。
「お主が戦ったというダンチューバーたちは、恐らく偶然このダンジョンを見つけたのじゃろうな。前回配信のタイトルが『新ダンジョン発見⁉ 初見で無双しちゃってすいません!』じゃったからな。まあ、無双するどころか、お主に無双されることになったんじゃが……と、話が少し逸れたの」
おほん、と咳払いをして、リッチは話の筋を戻した。
「我々はこのラスト・ダンジョンに冒険者を呼び込んで養分にしなければならぬ。そして、この世界における冒険者とは、すなわちダンチューバーじゃ。よって、我々はダンチューバーがこのラスト・ダンジョンに、どんどん潜り込んでくるようにしなければならぬ」
「では、どうすればいい」
「知名度を上げればよいのじゃ」
リッチは壁にかけられた斜めになった黒板に何かを描き始めた。
◯に縦棒がついた図形が大量に生まれる。
「なんだそれは」
「人間じゃが」
……まるでそうは見えないが、突っ込まないでおくことにした。
「まずはダンジョンの存在を知ってもらわなければ始まらないじゃろう。ブランディングや差別化などまあ他にもやることは盛り沢山じゃが、とにかく、今は知名度を上げることが大事じゃと思う。そのために我々にできることは一つ——配信じゃ」
「配信……」
「ありがたいことにここにスマホがあるからの。それに、お主が倒したダンチューバーは、かなりの有名配信者だったそうじゃ。その知名度を生かして、このチャンネルからゴブリンであるお主が配信すれば、いやでも目立つじゃろ」
なるほど、言っていることはわかる。
だが——
「だが、どうすればいい。吾輩のようなゴブリンが配信したとして、果たしてこの世界の人間が興味を持つだろうか。それに配信というものは、おもしろい映像を見せ続けなければならないのだろう? アンタは知っていると思うが、吾輩はユーモアというものがまったくない。そんな吾輩が配信したとしても……」
「心配せんとも、大丈夫じゃと思うぞ?」
「?」
なぜ、そう自信満々に言えるのだろう。
問い質そうとすると、リッチはスマホを操作して動画を再生し出した。
それは切り抜きと呼ばれる長時間の映像を切り取った短時間の映像だった。
タイトルは読めなかったが、リッチによれば『【悲報】有名配信者さん、ゴブリン一体に無双されてしまう』というものだった。
映像が再生される。
そこには刀を持った一体のゴブリンが、宝箱の陰から飛び出し、人間を一瞬で斬り伏せていく映像が流れ、その下にはたくさんの文字のようなものが記されていた。
:これマ?
:マジらしい。俺の友達リアタイしてたから間違いないと思う
:嘘乙。ゴブリンの動きじゃねえからこれwww
:これ人間なんじゃねえの? だって刀使うゴブリンなんて聞いたことないぜ?
:こいつら『男女男男女ダンジョン』でしょ? A級探索者だから相当強いはず
:じゃあ、それを倒してるこのゴブリンどんだけヤバいんだよ……
「これは……」
「そう。お主が映った切り抜きじゃ。もう百万再生を超えておる」
「それはすごいのか?」
「すごいどころの話ではない。この短時間でこの再生回数は、前代未聞というべきじゃろうな」
百万再生とやらがどれくらいのものなのか吾輩にはわかりかねたが、その数字の多さが漠然とした盛り上がりを伝えてきた。
「あ、そういえば、お主はまだこの世界の言語がわからないんじゃったな。ほれ」
そう言って、いきなりリッチは吾輩に魔法をかけてくる。
信頼関係があったから、避けはしなかった。
すると、今までただの模様にしか見えていなかった文字が、慣れ親しんだ言語に翻訳され出した。
「読める……読めるぞ!」
「今お主にかけたのは翻訳の魔法じゃ。これで当分はこの地域の言語——日本語も読めるし、話せるし、理解もできるようになっておる」
どうやってリッチはこの世界のことを知ったのかと疑問に思っていたのだが、どうやら翻訳の魔法とやらを使っていたらしい。吾輩は出会ってから初めてこのリッチを尊敬した。
「アンタ、やればできるじゃないか」
「上から目線なのが気になるが……まあ、褒められて悪い気分ではないな、うむ」
そして、このリッチはとりあえず褒めておけば機嫌がよくなるということもわかった。
まあ、それはさておき。
「それじゃあ、吾輩は配信をすればいいんだな」
「うむ。バズっとる今がチャンスじゃ。台本は我が用意したから、お主はそれを読めばよい」
「わかった。ありがとう、ロリッチ」
「うむ……って、今ロリって言わなかったか⁉」
「早く始めよう。バズっている今がチャンスなのだろう?」
「き、気のせいじゃったか……」
口が滑ったがなんとか誤魔化して、その場を切り抜ける。
そして、吾輩は初めての配信をすることになった。
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