第74話 断る?安西さん

「お祭り?」

「うん、そうなんだ。週末に近くで夏祭りが開催されるみたいでさ。一緒に行けたらなって」


ポケットに仕舞っていて、少しシワができたパンプレットを見せると、安西さんは何故か気まずそうな顔をした。


「……えっと、その」

「もしかして、夏祭り嫌いだった?」

「そうじゃなくて。嫌いじゃないんだけど……」


夏祭りが嫌いじゃないとなると、どうして――って、あ。


安西さんとどこかへ行きたくて夏祭りを提案したけれど、2人きりになるってことだ。海の家のときはまだ学校から遠かったが、祭りの開催場所は学校からも近い。クラスメイトにも一緒にいるところを見られるかもしれないわけで。


それに、夏祭りに一緒に行こうなんて、もう告白しているみたいなもの。まだ安西さんがどう思ってくれてるかは分からないけれど、いきなり言われたら、答えられないよな。


「ごめん、安西さん、答えられないよな。また今度、天江とかと一緒にでも――」

「違うの! その日は広瀬さんたちといく予定で」

「委員長たちと?」

「……うん」


そういえば、終業式の日に隣で委員長たちと、そんな話をしていた気がする。


「でも、斉藤くんも一緒に――」

「いや、遠慮しておくよ」


せっかく体育祭で仲良くなったメンバーで行くんだ。俺が着いていったら委員長たちも困るだろう。


一緒にいくのが嫌だという訳じゃないんだ。だったら――


「別の日ってどうかな? 違う日にも祭りがあって」

「え、別の日もあるの?」

「うん。ちょっと遠くなるんだけど、花火で有名な祭りがあるらしくてさ」

「……そうなんだ。じゃあ、い」

「い?」

「……行きたいかなって」


 そう言って、安西さんは顔を真っ赤にしながら視線をそらした。

 言ってほしかった言葉を言ってもらえたけど……直接言われると、こっちが恥ずかしくなってくる。

 でも、これで一緒にいけるんだ。

 

「でも、ね?」

「でも?」

「浴衣は――」

「あら、杏里。浴衣なら用意してあげるけど?」


 急に町さんの声が聞こえたので振り返ると、キッチンにいたはずの町さんがお茶を持っていた。

 きっと俺たちのためにお茶を持ってきてくれたんだと思うけど、いつから聞かれていたんだろう。


「お母さん、聞いてたの!?」

「途中からだけどね。浴衣、ちゃんと着ていきなさい。そのほうが斉藤くんも喜ぶと思うわよ?」


ね? と町さんがウインクをしてくる。


「そうなの?」

「みたくはないわけじゃないけどね」


 もちろん見たいに決まってる。

 まぁ、恥ずかしいから絶対に言わないけど。

 

「……じゃあ、着てみるね」

「……うん」

「……えっと、じゃあ、その日に」

「その日に」


その日に、安西さんと夏祭りに行くんだ。

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