第70話 安西さんと○○さん

吉岡よしおかさんを駅に置いてきた俺は、急いで居酒屋に来ていた。

安西さんたちを置いていった人が今いるってことだよな。どんな人かは分からないけど、制服を着ているだろうし、町さんに聞けば教えてもらえるだろう。


「よしっ」


一度、深呼吸して中に入る。店内はいつも通りお客さんで賑わっていた。安西さんはやっぱり既に戻ってきていたようで、料理を運んでいる。

吉岡さんが言っていた人は、と店内を見回してみたが、安西さんの他に制服を着ている人はいなかった。


「おはようございます」

「あら、斉藤くん、おはよう。今日も早速で悪いけれど、お願いできるかしら」

「分かりました。あの、入る前に聞いておきたいんですけど、電話で言ってた人って」

「ああ、あの人ね。今はちょっと出かけてもらってるの。なにか用事でもあった?」

「いえ、挨拶をと思って」

「あら、そうなのね。まだ早いとは思っていたけれど、そういうことなのかしら。きっと今日、会えると思うわよ」

「そうですか、ありがとうございます。じゃあ、準備してきますね」


町さんにそう告げて、俺は更衣室に向かった。

何か町さんに勘違いされていた気がするけれど、気のせいだよな。今はいないなら仕方がない。別の時にでも。


そう思っていたときだった。更衣室の扉がいきなり開き、背の高い優しそうな男性が入ってきた。


「あ、使っていたのかい? ごめんね急に開けたりして。ノックをするべきだったね。前まではここを使うのは僕一人だったから、癖で開けてしまったよ」


男性が「ごめんね」といいながら何度も頭を下げてくる。


「いえ、大丈夫です! ビックリはしましたけど、怒ってませんから」

「そうかい? ならよかった」


そう言いながら男性は鞄から制服を取り出し、着替え始めた。


……この人が町さんの言っていた人ってことだよな。安西さんを置いていくような人には見えないけれど。


「あの……」

「ああ、名前を伝え忘れていたね。僕は安西陽介あんざいようすけ。君には気軽に陽介さんと呼んでもらいたいかな」


男性が静かにニコッと笑う。

安西さんと同じ名字なのか。町さんが誘ったってことは安西さんの親戚なのかもしれない。


「知っているよ。斎藤くんだろう? 町さんから、何度も聞かされて覚えてしまったよ。杏里ともいい関係なんだってね」

「……いい関係とは呼べるかは分かりませんけど、勉強会などをさせてもらってます」

「そうか、今後とも杏里と仲良くしてもらえると助かるよ」


 そう言って、男性は着替えを終えて、更衣室を出ていこうとする。その瞬間だった。


「お父さん、早く手伝って!」


 安西さんが更衣室に入ってきた。

お父さん?

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